日本の大地震に思うこと

三江学院 陸徐霞

日本に大地震が起こったというニュースを聞いた時、私はびっくりした。新聞やインターネットを通して日本の情報に注目した。ビデオを見て惨めな思いをしていた。町はあっという間に大きな波にさらわれた。大きな汽船はおもちゃのように波に消えてしまった。印象深いのは、一人の年寄りが廃墟に座ってもう助からないという目つきをしていたことだ。日本の災難の写真ではないかもしれないが、彼らは家族を失うことと不幸な経験に遭うことが同じだ。先生の話では、何百人もの小学生が津波で亡くなったそうだ。彼らの両親はなんと深刻な打撃を受けたことだろう。悲惨な画面を見ていろいろなことを考えた。

日本と言えば、中国人は思わず思い出すのは歴史問題で、日本が中国を侵略した事実だ。しかし、日本は犯した罪を認めなくて、教科書の上で侵略の事実を否定した。今、彼らはこの罪をうけるべきだと思った人もいる。私は自然に向き合う時、私たちは同じ人間だと思う。国境を問わずに気持ちが一つになって助け合う。知らず知らずのうちに人間の「和」を保つことができる。また、中日の民間交流が活発になるにつれ、両国国民の相互理解が深まり、心と心の結びつきもますます強くなってくる。

「愛に国境はなく、苦難は共に分かち合う」2008年の四川地震にしても、2011年の日本の大地震にしても残酷な自然は人間の肉体も精神も傷つけた。自然災害に遭った時、歴史問題や以前の摩擦は据え置きにしてお互いに助け合った。四川地震の時、日本の救援隊は真っ先に四川に着いた。救援隊のヒーローは全力を尽くして被害者を救助した。その上に、彼らは遺体に向かってお辞儀をした。中国人としての私は深く感動した。13億の中国人も必ず私と同じように感動したに違いない。日本が地震に遭った時、中国も救援した。中国のメディアは直ちに被災地に対する高い関心を示し、中央、地方テレビ局や新聞各紙は地震関連ニュースを報じた。

『信は縦糸、愛は横糸、織り成せ人の世を美しく』は岡崎嘉平太氏が信条としていた言葉だ。岡崎嘉平太先生は中日友好という遠大な理想に全力を尽くした。彼はいつも中国のことを気にかけた。特に、中日国交の断絶の時に彼は中日の貿易を通じて中日の関係を促進した。学生としての私にしてみれば、岡崎嘉平太先生のたゆまず頑張り抜く精神は私たちにはなかなかできない。これは実に敬服に値する。

私はずっと日本人の強い秩序正しさに敬服している。大地震が起こってから、被災地では食べ物が全部なくなった。しかし、日本人は秩序を保って長い行列に並んで食べ物を受け取った。この画面に世界中の人々はびっくりした。この長所は世界の国々の人々が学ぶに値する。

中学校の時、私の歴史の先生は、中日の歴史問題を教えると同時に日本人の優れた点も教えてくれた。日本の会社員は会社を自分の家のように考えて全力を尽くすと話してくれた。その時、私はさっぱり理解できなかった。しかし、これは日本人の長所だと思う。彼らの強い責任感があればこそ、日本は今の経済大国になったのだと思う。

日本は必ず大地震の困難を越えられると確信している。

 

 
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