公共マナーと中国人

章嫣嫣(黄岡師範学院)

 

近年、中国人は海外へ旅する時、様々な無作法な振舞いが度々国内外の各新聞紙に報道され、時にはトップ記事にさえなることがある。「お静かに」「芝生に入るべからず」など中国語だけで示されている警告表記は、中国人の海外旅行の主な目的地であるフランス、ドイツ、日本、タイやシンガポールなどの国でよく見かける。そして、近年急増している大量の観光客は中国の新たな輸出品だと言われるようになった。と同時に、ポイ捨て、割り込み、汚い言葉遣い等々ネットで募集される「海外旅行によく見かける行為」の中で、中国人の一部の観光客の行いはほぼ全リストを占めている。いつの間にか、そのマナーの悪さで「中国人」は「礼儀知らず」「行儀悪い」の代名詞となった。中国人は皆育ちが悪いとは言い難いが、お行儀が悪いというラベルを張り付ける人は他人ではなく、ご本人だということも争いのない事実だ。

なんと悲しい事実だろう。中国は古くから「礼儀の邦」と称される世界の四大古代文明国の一つである。いったいいつからこの四文字はマスコミが皮肉に用いる専門用語になったのだろう。

人間は怠けものだ。社会性を獲得する前には、生きるための本能というものがある。私から見れば、公共マナーというのは、生き物がその本能を抑圧し、理性に基づいて物事を判断する行為の塊である。トイレで小便を済ませてから水を流しないこと、食事前に手を洗わないこと、列に並んだことに耐えないことなど、これは殆ど人間が生き物としての本能によって発する行為だと考えられる。面倒だからやりたくない。そして自分を守るために楽な立場に逃げるという自己防衛本能でもある。周囲の人間と違うと不安を感じ、他人との矛盾を免れるためにむりやりに自分を周囲に同調させ、漸次自分も環境に適していき、或いは環境に同化される。

公共意識の欠如、その原因は赤ん坊に対して排泄習慣の訓練不足にあると主張する学者がいる。中国には、幼児に股が割れているズボンを履かせるという伝統的な習慣がある。それで子供が心に深く自分を放任する根を下ろし、その後礼儀を守らない理由の一つになるそうだ。その話に遡ると、今日の中国では、一人っ子政策の実施で出生率が低下しているに関わらず、人口の過剰は依然として深刻な社会問題になっていることが分かる。人口過剰と共に、国民教育不足の問題も生じる。公共意識に関する教育の欠如は、一部の国民の無作法行為を招くと言っても過言ではないだろう。これは今流行っている少人数クラスでの授業と同じである。人数が減ったから、管理に都合が良い。対応策をもっと簡単に、確実に実行に移せると思われる。

今や中国の民衆はすでに、中国が背負っている「世界大国」の責任を自覚し、国民の素質を向上させるのを不可欠の一環とするにほかならないことに多少気づいているだろう。中国の政府側も民衆の国際認知度を上げることに力を注いでいる。二十一世紀に入ってから、数え切れない公益広告が現れ、様々な教育方案が次から次へと発表される。ところが、周囲の環境を変えるだけで、本当に現状は変えられるのだろうかと、私はずっと疑問に思っている。為せば成る。人は結局社会的な生き物だ。理性で自分をコントロールできる生き物だ。小事は大事。普段から細かいところに執着をみせ、少しずつ積み重ねて自分の物事への取り扱い方を変える。そして、堆積は習慣となる。人は羽化し、生き返る。

ナポレオンが曰く、「中国は眠れる獅子だ」ということ。一度目覚めたら世界を揺り動かす。私たち新しい世代はまさにその覚醒の鍵を持っている。夜空をもっと輝く美しく見えるには、後ろに飾っている星一つ一つの努力が欠かせない。自分と仲間を照らす星にでもなれ。中国の未来はそこにある。

 

人民中国インターネット版 2014年12月

 
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