銀座、浅草、お台場…。いま、およそ観光客が行くであろう東京の街で、中国人観光客の姿を見かけないことはない。日本の独立行政法人国際観光振興機構(政府観光局、JNTO)の発表によると、中国人観光客数は前年同期比83.3%増と群を抜き、約240万9200人が日本を訪れている(昨年1〜12月累計)。まだまだ団体旅行が多くを占めているものの、数次ビザ発給要件が緩和されたことから、今後は個人旅行者の増加が見込まれるし、来たる2月18日からの春節(旧正月)休暇に、日本の冬を満喫する中国人の姿が各地で見られることは想像に難くない。

 一方、日本人観光客の中国への足取りは依然重い。昨年は前年比マイナス7.2%、4年連続の減少となった。この両極端の事実は、もはや中日関係が原因というひと言で片付けることはできないであろう。なぜ日本に行き、中国には来ないのか。その原因をさまざまな角度から探る。

「虫の眼」で見る「熱い中国と冷めた日本」

 

日本への旅行が熱い中国、そして中国から次第に足が遠のく日本。この温度差は、中日関係の問題という側面だけでは決して語れない。日本語による著書『にっぽん虫の眼紀行』以来、一貫して日本の日常に潜むさまざまな美をテーマに執筆活動を続け、日本語ができない若手編集長とともに雑誌『知日』を中国で大ヒットさせた作家、毛丹青さんが「虫の眼」で見る「熱い中国と冷めた日本」の理由とは。

毛丹青
作家。神戸国際大学教授。1962年北京生まれ。北京大学卒業後、中国社会科学院哲学研究所助手を経て三重大学に留学。のち商社勤務から執筆活動へと転換。2011年、雑誌『知日』を中国で創刊、主筆を務める。今年1月には『知日』の日本語ダイジェスト版『知日 なぜ中国人は、日本が好きなのか!』(潮出版社)を出版、早くも増刷決定とその活動は日本国内でも反響を呼んでいる。著書に『にっぽん虫の眼紀行』(法蔵館・文春文庫)など。

 

――『知日』創刊は2011年の1月と、折あしく領土問題発生直後でしたが、出版を先送りしようとは思わなかったのでしょうか?

毛丹青 私は逆に「これはチャンスだ」と思いましたよ。最悪だからこそ日本を知るための雑誌を出す必要があるんじゃないか、と。創刊時は最初からメジャーな雑誌にしようなんて思いませんでしたから、読者層は10代後半から30代前半の若者を想定し、他は切り捨てです。今は中国でも若者がネットで情報を仕入れる時代で、『知日』を読まなくても日本の情報は十分入ってくるはずですが、それでも支持してくれる人がたくさんいた。まさに時代を象徴する現象です。

 

――中国の若者は、より深く日本を知りたいと思っているということですね。

 そういうことだと思います。『知日』は例えば「猫」「鉄道」「食」などといった、日本の日常に寄り添うものを徹底的に掘り下げて紹介する雑誌です。展開のイメージは辞書ですね。導入であらましについて触れ、そこから幾つものトピックを展開していく。こんなマニアックな雑誌が成功したのは、中国の若者の「知」への渇望が成熟しつつある証拠でしょう。今や「日本好きを自認するヤツで『知日』を知らないのはモグリだ」とまで言われているそうです。『知日』に触発された若者が装丁や構成を模倣した雑誌を続々発刊していますが、最年少は18歳の女子高生ですよ。全く彼らのパワーには恐れ入ります。

 

――これはひとつのブームですね。

 正直、ここまで成功するとは思いませんでしたが、中国人の若者は何らかの反発に対して ─例えば今回の場合は中日関係の悪化ですが―目を背けず、しっかりと自分の目で見ようとする力があることが、この現象からわかります。

 

――今は日本から中国へ行く旅行者が減り、中国への見方もネガティブなものが目立ちます。『知日』のような切り口で中国を紹介していけば、日本人の間で「知中」熱が起こる可能性はあるのでしょうか?

 難しいですね。今、日本では海外留学する若者が減っています。総体的に内向き志向なんです。中国に関してはなおさらで、政府間の問題やメディアの嫌中ムードなどによるマイナスイメージが刷り込まれ、思考がかなり消耗しているように見えます。ですから「実際の中国を自分の目で見てくれ」と外からいくら働きかけても、積極的に動きたいとは思わないでしょう。しかし、中国の良さが伝わらないのは、手法の問題もあります。ステレオタイプの中国ばかりを発信するやり方はいかにも官僚的であり、中国人が中国の立場で紹介をするのも、視点が一方的です。もっとソフトパワーを巧妙に展開しなければ。中国で長く生活をしている日本人、中国の「何か」に精通している日本人たちの話を聞いた上で、根本的に、戦略的に方策を練り直すべきです。そして日本人の視点と中国人の視点をミクスチュアし、多角的視点からの魅力を発信するのです。実はこれは『知日』で行われている手法なんですね。日本を知る私のアイデアと、日本語が全く分からない中国人の編集長とデザイナーのアイデアを合体することで、思わぬ面白さを生み出す効果を上げています。

 

――思考が内向きな日本人と、「知」への情熱を持った中国人。パワーの差を感じます。

 『知日』編集長の蘇君は湖南省出身です。地方出身の彼が都会の北京に圧倒されながらも「ここで何かを成功させる!」というハングリー精神を持ったことが原動力になっています。この気概が今の日本の若者には欠けている気がします。残念ながら自然体の中国を、政治なしで紹介する試みは今の日本にはありません。それは日本のメディアが平面的で、日本人が消極的だからだと私は思っています。日本の書店や出版社は、売れ筋を瞬間的に、平面的に判断し、一気に儲けようとします。そんなやり方では後が続きません。一方、中国のメディアは立体的です。『人民中国』のように幅広く中国を紹介する雑誌もあれば、『知日』のようにコアな日本を詳細につづる雑誌もある。「知」とはそのようにモノを立体的に見ることで進化していくのです。日本のメディアが平面的なのは、日本人の良く言えば素直、悪く言えば単純な国民性もあるでしょう。メディアがネガティブなことを言えば(中国に)行かない。褒め始めると一斉に行く。一方、中国人の思考回路は複雑です。騒ぎの渦中だからこそ行ってみたいという、ちょっとあまのじゃくな発想がありますね。

 

――知識欲がパワーの源ということでしょうか。

 そういうことだと思います。戦後の日米の経済発展を例にお話しましょうか。終戦後、日本人にとって米国は憧れの象徴でした。日本人は米国文化に憧れ、真似をし、自分の中に取り入れようと「知」をもって接し続けました。一方米国人は「フジヤマ、ゲイシャ、サムライ」の固定的イメージから脱却しようとしなかった。結果、日本は1970年代の高度成長期、自動車産業で米国を追い越し「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われるまでの成長を遂げました。「知」への渇望の落差が、ひいては両国の経済にも影響を及ぼしたということです。中日関係にも同じことが言えるのではないでしょうか。もしこのまま、日本人が「知」をもって中国を見ようとしなければ、10年後にはどうなるか。かつての日米関係の再現となるのではないですか。

 

――「知」への渇望が両国の明暗を分けるということでしょうか。

 はい。ただし勘違いしてはいけないのが、「知」、つまり理解は単なるイデオロギーの一つでしかなく、発展がないという点です。今、中国人旅行者は日本にたくさんお金を落としています。そのお金で日本をより理解してもらう活動、つまり発展に結び付ければいい。中日どちらにせよ、この行動様式を基本に発想を展開していけば、未来も開けていくのではないでしょうか。

「It is Japan.」のキャッチコピーの通り、日本の文化を専門に紹介する雑誌。一つのテーマから深く日本のライフスタイルや文化を紹介する内容と美しい装丁で、日本好きはもちろん、サブカルチャーに関心のある中国の若者たちの心を強く捉えている。

 

人民中国インターネット版 2015年2月