水害を防ぐ三つの遺産

 

「千古の水利施設」都江堰の雄大な風景 (写真提供・都江堰市対外宣伝弁公室)

四川省成都平原西北部にある都江堰市は成都市の市街地から約60㌔先に位置する、成都市が管轄する県級市だ。都江堰市と聞いて中国人がまず頭に思い浮かべるのが、歴史に名高い古代の水利施設だ。ここを訪れる人なら誰もがそこへ足を運ぶ。ここは水によって生まれ、水によって栄えた土地であり、都江堰で力強く流れる大河を目にすれば、水が持つ力をより実感できる。

四川省の中央を流れる岷江の中流にある都江堰水利施設は戦国時代の秦国蜀郡の太守李氷(紀元前302?~前235?年)とその息子が中心となって紀元前256年から51年の間に建造したものだ。水利施設は主に魚嘴、飛砂堰、宝瓶口の三つで構成されている。

魚嘴は魚の口のような形をしているからその名が付けられた。岷江を内江と外江の二つに分けて分水装置の役割を果たしている。内江は川床が外江よりも低いので渇水期には岷江の6割の水が内江へ流れ込み、成都平原に灌漑する。そして、残りの4割は外江から自然に流れ出る。出水期になると状況は逆転し、外江の川床が内江より広いため、6割の洪水が自然に外江から排水され、残りの4割の洪水が内江へ流れ込む。これを「四六分水」という。地形を利用した魚嘴は内江の灌漑区域が持つ春と冬の渇水期の農業用水の需要と、夏と秋の出水期の水害対策の問題を完璧に解決した。施工者たちの知恵に感嘆せざるを得ない。  

この他に魚嘴は上流から運ばれる土砂の問題を上手に解決している。2200年以上前すでに循環流の原理を知っていた古人は、岷江上流から運ばれる土砂を自然に外江に排出し、少量の土砂だけが内江に入るような仕組みをつくった。内江に入った土砂はさらに二つ目の建造物である飛砂堰を通じて流される。内江の水位の高さが一定以上になると、平水タンクによって洪水がゆっくりと飛砂堰を満たして外江へ流れ、宝瓶口へ流れ込む水量を減らすことにより、内江の灌漑区域を水害から守っている。そして、ゆっくりと飛砂堰を満たし外江へ排出される水の流れが渦を生み、遠心力によって土砂や大きな石までも飛砂堰へはじき出されることによって、宝瓶口の周囲に堆積する土砂を効果的に減らしている。宝瓶口は長さ36㍍、幅20㍍、高さ18.8㍍ある。瓶のような形をしていて、岷江から水を引っ張り、都江堰の灌漑区域へ水を供給するのが主な役割だ。内江は宝瓶口を通り、さらにいくつかの大きな水系に分かれ成都平原に流れ込み、1036万ムー(約155万㌶)もの田畑を潤す。  

都江堰の建造後、魚嘴、飛砂堰、宝瓶口は有効的に連動し、田畑に水を引き、洪水を減らし、本来水害や干ばつの被害が深刻だった成都平原から2000年以上の間洪水をなくし、万里に広がる肥沃な「天府の国」をつくり上げた。

 

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