新型肺炎流行の中の授業

2020-04-24 18:27:27

馬場公彦=文・写真

 新型肺炎のニュースを知ったのは、北京大学での1学期の授業日程を終えた1月8日。13日に北京の首都国際空港から帰国し、新学期の始まる2月17日までには戻る予定だった。だから中国国内では肺炎流行後の状況を体験していない。とはいえ、その怖さは皮膚感覚で分かる。なぜなら中国の友人たちの微信(ウイーチャット)の朋友圏(モーメンツ)を通して、感染症の深刻化を伝える中国での報道や封鎖された地域社会での人々の暮らしぶりが、時々刻々伝わってくる上に、日本でも感染者が急増し、防疫対策が急務の課題になっているからだ。

 ここまで感染がまん延したのには、武漢および湖北省の適切な初動対応の遅れがある。だが2月下旬時点で湖北省を除けば感染者の伸びが鈍化しているのは、中央政府の厳格な封じ込め対策を含む一元的に統制された管理が功を奏していると言えるのではないか。こと公衆衛生や疫病対策においては、地方や各単位の自主管理ではなく、一元管理の方が有効であろう。日本では感染症対策を一元管理する、専門家を糾合した強力な組織がない。首相や厚労省や各自治体の行政機構が場当たり的対処をしている。市民の感染リスクを減らすために、個々の感染者の詳細な行動経路を自治体が公表し、それをメディアが報道するかどうかというような、民主・分権・個人情報保護・報道の自由を巡る結論の出ないせめぎ合いに陥ってしまっている。

 私自身の最大の関心事は、勤務先の北京大学の学生たちの安否と、授業開始は予定通りなのか、いつになったら北京に戻れるのかであった。大学本部の1月末までの通達では、始業を遅らせる方針を打ち出していたが、2月3日に「停課不停学(授業は停止しても学習は停止しない)」の精神を表明し、予定通り2月17日に新学期を開講すると通達した。

 学生の大半は春節で実家に帰省したまま。そこで「在線教学(オンライン授業)」を実施するという。そのためにPPTのスライドショーを使った録画や慕課(MOOC)によって随時学生に開放するほかに、リアルタイム授業をする方式が提示され、「classIn課堂」という新規プラットフォームが導入された。

 開講前、大学側のインストラクターが教員向けに懇切丁寧にネット上で指導し、classIn内や微信の専用グループでのQ&Aに応じる10日間の訓練期間が設けられた。授業開講当日、遅滞なく操作できるかどうか心もとない中、自宅のパソコンからclassInに入室した。開始時間が近づくと、一人また一人と懐かしい学生たちの顔がスクリーンに現れてきた。「元気? 今どこにいるの?」と声掛けをしながら、かつて教室に充満していた師弟の情愛が胸中に広がってくるのを実感した。講義をし、学生が反応し、質問に答え、スクリーンの黒板にテキストを広げ、討論をする。平素の授業と変わらない光景が展開していった。

 パソコン上の仮想現実を体感しながら痛感した。オンライン授業の導入は偶然生じた事態への応急措置ではあるが、最大の効用は、寸断されて実家に封じ込められた学生たちの不安を解消し、平常の学習と研究のリズムに復帰し、平穏な精神状態を持続することにある。感染リスクを最小化するために、ネット環境を最大活用したスペースを確保した上で、平時の日常を取り戻すことこそが、今回のような非常事態に対処する最も有効な防御法なのだと。

 オンライン授業は今後、全市民におしなべて均質な教育環境を提供する重要なツールとなりうる。今回の新型コロナウイルスによる肺炎という試練は、公衆衛生を重んじる気風と習慣を醸成するだけでなく、中国が小康社会を実現しつつある今、健全な福祉社会を構想する貴重な機会となりうるし、そうなってほしい。

 

classInのスクリーンショット。リアルタイムのオンライン授業がここを通して行われる

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