「薬の神」の命運やいかに

2020-05-25 18:45:23

鮑栄振=文

映画化された高い薬価問題

 一昨年の中国映画界で一番の話題となった映画といえば、『我不是薬神』(邦題『ニセ薬じゃない!』)だろう。コメディー映画の形を取って軽快なタッチで描かれているが、実際はテーマも重い社会派ドラマだ。

 映画のあらすじはこうだ――。主人公の程勇は、男性向けに回春薬を売るしがない店の主人。妻に逃げられ店の家賃さえ払えない、実にかい性のない男だった。そんな程勇のもとにある日、慢性骨髄性白血病患者の呂という男が現れる。呂は、国内で承認されている白血病の治療薬が非常に高価なため、成分がほぼ同じで、より安価なインド製のジェネリック薬(1)(後発医薬品)を代理購入してほしい、と程勇に持ち掛けてきたのだった。

 生活苦と金に目がくらんだ程勇は代理購入を始め、大当たりする。さらに、より多くの薬を仕入れるため程勇は購入グループを結成する。しかし、その薬は国内で未承認であるため、薬効はあるが偽薬と見なされてしまう。警察に密輸犯として目をつけられ始めた程勇はグループを解散。薬の購入ルートを偽薬業者に売り払い、いったん足を洗う(2)。こうして手に入れた金で、程勇は縫製工場を立ち上げ成功する。ところが、偽薬業者が価格をつり上げたため、薬を買えなくなった呂は悲観して自殺してしまう。それを知って目覚めた程勇は、患者のために格安で薬を売り始める……。何が本物で、何が偽物か、そして正義とは何か――。

 

法廷闘争する現実の「薬神」

 実はこの映画は、2014年に中国で実際に起きた「陸勇事件」がモデルだ。主人公は、慢性骨髄性白血病を患う陸勇という実在の男性。陸勇は、国内で承認されている高価な治療薬「グリベック」の代わりに、同じ薬効を持つ安価なインド製ジェネリック薬の「ビーナット」を個人で輸入。他の白血病患者にも分け与えたことで、同年7月に偽薬販売などの疑いで逮捕・起訴された事件だ。この事件によって、高額治療費による貧困問題などに世論の関心が集まり、陸勇の釈放を求める声が高まった。その結果、湖南省沅江市人民検察院(日本の地検に相当)は翌15年1月27日、起訴を取り下げた。

 『我不是薬神』が上映されると、薬の個人輸入が法に触れることが取り沙汰され、患者のため医薬品を個人輸入している人々は「薬神」と呼ばれるようになった。一部の類似事件も「○○薬神事件」と名付けられ、その審理の進展が大きく注目された。

 このうち、最も中国社会の関心を集めたのが、江蘇省連雲港市の「薬神事件」だった。これは、林永祥被告、何永高被告ら15人が11年から14年にかけ、インドから「イレッサ」「グリベック」などの抗がん剤(3)を許可なく大量に輸入、利益を上乗せした価格で中国国内の患者や病院に販売したという事件だ。検察によると、被告1人当たりの売上高は5万~590万元余りに上ったという。この事件は、その期間の長さや関わった人数の多さ、規模の大きさ以外に、その後公開された映画と近い内容だったことからも、注目を浴びた。

 

新薬品管理法は「神」を支援?

 映画『我不是薬神』によって高額医療や貧困問題が世間の注目を浴びると、政府も動き出した。李克強総理は、映画が社会的議論を引き起こしたことを受けて、抗がん剤の価格引き下げなどの措置を早期に実施するよう関係当局に指示した。また、「薬品管理法」の改正作業も加速された。

 昨年8月に開かれた第13期全国人民代表大会常務委員会第12回会議において、改正「薬品管理法」(以下、「新法」という)が成立、同年12月1日から施行された。第1回改正から18年の時を経て、初の全面改正であった。

 新法では、海外でも合法的な医薬品であれば、許可なく輸入しても偽薬として扱わないとしている。一方で、「医薬品承認証明文書を取得せず医薬品を生産、輸入する」行為は禁止しており、違反した場合は相応の法的責任を負うとした。また、「許可なく海外の合法的な医薬品を少量輸入した場合において、(犯罪)状況が比較的軽微なときは、法により処罰を減軽または免除することができる」としている。

 ただし、患者自らもしくは友人に頼んで、外国に行って自身が使用する医薬品を少量購入する行為と、専門業者による代理購入行為とは区別しなければならない。

 この新法が施行されたことで、各「薬神」事件の当事者たちは、自身も映画のモデルの陸勇と同様、「無罪」になる希望を持っただろう。しかし、海外の合法的な医薬品を無許可で輸入しても、偽薬として扱われることはなくなったとはいえ、医薬品を無許可で輸入すること自体が違法経営罪および密輸罪に当たる可能性がある。このため、「薬神」たちの刑事リスクがなくなったわけではない。清華大学法学院衛生法研究センター主任で、旧国家食品薬品監督管理局で法律顧問を務めた王晨光氏は、次のように述べている。「『我不是薬神』のように、純粋な人助けという動機で無許可輸入をしたのであれば、刑事罰を与えるのは妥当ではない。しかし、大規模に無許可輸入を行い利ざやを荒稼ぎしているのであれば、これは病人の治療目的ではなく営利目的であり、密輸の疑いがかけられることになる」

 このため、裁判所が一体どのような判決を下すか、関係各方面から注目されていた。では、新法の実施後、初めて「偽薬販売罪」の認定が覆された事件を見てみよう。

 

上海版「薬神」事件の教訓

 国家薬品監督管理局などの輸入許可を得ず、法に基づく検査も受けずに、ワクチン1万3000本を購入し患者に販売・接種したとして、偽薬販売罪に問われた上海美花丁香婦児外来診察部有限公司の法定代表者・郭橋被告らに対し、上海市第三中級人民法院は18年6月、懲役7年の有罪判決を言い渡した。この事件は上海版ワクチン「薬神」事件と呼ばれ、被害総額は995万元に上った。

 しかし、郭橋被告らは判決を不服として上海高級人民法院(高裁に相当)に控訴。同法院は原判決を破棄し、審理を同市第三中級人民法院に差し戻した。そして新法施行後の昨年12月28日、上海版ワクチン「薬神」事件の差し戻し審(4)で判決が下された。その内容は、一審判決における偽薬販売罪の認定を覆し、新たに密輸罪を認定した有罪判決だった。郭橋被告ら4人の刑期は大幅に短縮され、一審判決における7~4年から、3年1月~2年1月10日となった。

 これを受け、郭橋被告らの弁護人は、「事件の結果から、国の医薬品輸入に対する取り締まりは厳格で、決して手を緩めないことが分かる」と述べた。その上で、合法的な医薬品でも無許可輸入は、新法の下でも牢屋につながれる可能性があるとして、医療機関およびその管理者に今回の事件を戒めとすべき(5)であると呼び掛けた。

 しかし、貧しい人々が、低価格で無許可の輸入医薬品を求めることが予想される。こうした課題を解決するために、多くの専門家が重要だと指摘する以下の2点について紹介する。その一つは、中国におけるジェネリック医薬品の生産・販売をさらに推し進め、「ハイテク薬でも白菜のような値段で買える」ようにすること。そして二つ目は、より多くの安価で効果のある海外の医薬品が国内市場に参入できるよう、引き続き医薬品承認審査制度の改革に力を入れることである。この2点を押さえて初めて、海外医薬品の無許可輸入という問題の解決への道が開かれるだろう。

 

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5)引以为戒 戒めとする

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