危険な落下物、法律で阻止へ

2020-08-17 15:02:07

鮑栄振=文

 昨年11月15日のことだ。通勤ラッシュ真っただ中の午前8時。四川省成都市のあるバス停で、突然空から1本の包丁が降ってきた。包丁はバス停の天井に当たって跳ね返り、並んでいた市民をかすめて地面に落ちた。当時バス停には20人余りの市民がいたが、落下物が包丁だと気付くと、皆クモの子を散らすように逃げていった(1)という。その後の警察の調べで、この包丁は、バス停前にある高層マンションの10階に住む女性が、自室の窓から投げ捨てたものと分かった。

 幸いなことに、この事件でけが人は出なかった。しかし、中国では近年、類似の事件が相次いで発生しており、死傷者も珍しくない。高所からの投げ捨て行為(2)や落下物(3)は「都市の空に潜む危険」と呼ばれ、今や都市管理上の大きな問題となっている。

 子どもが被害者となる痛ましいケースも起きている。広東省深圳市の団地で昨年6月13日、マンションの20階から窓ガラスが枠ごと落下。下にいた男児(5)を直撃し、男児は3日後に亡くなった。

 このような高所からの物の投げ捨てや落下物による死傷事件(以下、「落下物事件」という)が絶えないのは、近年における高層ビルの激増と大きな関係がある。高層階に置かれた物品や備え付けの器具が倒壊、脱落して落下したり、急速な都市の発展にモラルが追い付いていない住民が、高層階の自室から外に物をポイ捨てしたりするのである。

 こうした落下物事件を根絶するのは難しい。その大きな原因は、事件が起きても誰が事件の元凶や責任者なのか判明せず、誰が法的責任を負うべきか判断できないことが多いからだ。では、落下物事件が中国の司法や立法でどのように扱われてきたのか、ここ数年でどのような変化があったのか、説明する。

 

難しい捜査、判決にも反映

 まず落下物事件に関し、中国で初めて訴訟に発展した事例を紹介する。その事件は2000年5月10日夜、重慶市で起きた。ある建物から落ちてきた灰皿が、外にいた私営企業の経営者、郝さんの頭を直撃、郝さんは大ケガを負った。

 読者には想像できないかもしれないが、郝さんはその後、なんとこのビルの2階以上の22世帯全員を相手取り、総額17万元の損害賠償金の支払いを求める訴えを起こし、しかも勝訴した。これは、加害者を特定できなかったため、灰皿を窓の外に投げ捨てることが可能な上層階の住民全員を、「共同不法行為者」として訴えたのだ。

 さらにこの判決は、加害者を特定できなかったため、被告全員に対して連帯して損害賠償責任を負担するよう命じたのだ。実はこの点、被告らと加害行為との間に関連性がないではないか、との反対意見もかなりあった。

 仮に被告全員が一斉に原告に向けて灰皿を投げ、その中の一つが原告に当たったのなら、「共同不法行為」に該当する。だが、灰皿を投げたのは誰か一人なのに、被告ら全員に損害賠償の責任を負わせたのは不当だという意見だ。

 これ以降、人民法院(裁判所)が類似の事件について下す判決は、ほとんどこの重慶灰皿事件の判決を踏襲し、被告全員に対し連帯して損害賠償責任を負うよう命じるものとなった。もちろん、このような判決に疑問が呈されることもあった。しかし、全体としては高く評価され、「弱者に対する思いやりにあふれた人道的な判決だ」という声も上がるほどだった。とはいえ、次のように全く異なる判決が下された例もある。

 06年5月31日夕方、深圳市南山区に住む小学4年生の男児が歩いて下校途中、歩道の上から落ちてきたガラス板が頭に当たり亡くなる、という事件があった。男児の遺族は、最も歩道近くにあるマンションの居住者73世帯とマンションの管理会社を相手取り、損害賠償を求める訴えを起こした。法院は判決で、管理会社に落ち度があったとして23万元の支払いを命じる一方、マンションの居住者73世帯に対する原告の請求は棄却した。

 このように異なる見解の判決からも分かるが、落下物事件の責任の所在を明らかにするのは容易なことではない。しかし、この点については昨年、最高人民法院(最高裁判所)が公表した「高所からの投げ捨て、落下物事件の法による適切な審理に関する意見」(以下、「意見」という)において解決が図られている。

 「意見」では、高所からの投げ捨て、落下物に関する事件が発生した場合、市民は警察に通報することができ、通報を受けた警察は処理に当たらなければならない。そして、調査によって刑事事件に該当することが判明した場合は、刑事手続に従って事件を処理し、被害者は刑事付帯民事訴訟(刑事訴訟手続において同時に民事訴訟も提起でき、刑事・民事共に判決が下される制度)を提起することができる――としている。たとえ捜査の結果、刑事事件に該当しないと判断された場合でも、捜査した警察によって証拠が収集・保全されるため、民事訴訟における原告(被害者)側の立証(4)のハードルは下がることになる。このように刑事手続と民事手続を組み合わせることで、被害者による責任の所在の特定、刑事責任および民事上の賠償責任の追及を容易にする、というのが「意見」の狙いだ。

 

「落下物問題」解決へ司法本腰

 前述のように、高所から物品を投げ捨て、あるいは落下させて被害が発生した場合、まず被害者が受けた民事上の損害を賠償しなければならない。これは、改正前の「民法通則」や、特に「権利侵害責任法」に関連する規定が設けられている。しかし、これらの法律はいずれも民事上の法律であるため、加害者が負うべき賠償責任を定めているだけだった。一方、刑法には落下物事件そのものに関する規定がないことから、抑止力が存在せず、落下物事件の根絶やその発生を抑えることは難しかった。また同様の理由により、人民法院における対応にも困難があった。

 こうした背景で公表された前出の「意見」では、この問題解決に向け、人民法院が現行の刑法の規定を活用して刑罰による抑止力を十分に発揮させ、落下物事件の処理を行えるよう定めている。具体的には、高所から故意に物品を投げ捨てた場合、具体的な状況により「危険な方法による公共安全危害罪」や「故意傷害罪」または「殺人罪」に問われ、状況によっては重罰に処せられる。また、高所からの物品落下(故意の投げ捨てではなく、単に物品が落下したケース)が刑事事件となる場合も、法に基づき適用される罪が決まり、相応の刑罰を受ける。

 例えば、高所から故意に物品を投げ捨てた場合、重大な結果が生じていないのであれば、「危険な方法による公共安全危害罪」で3年以上10年以下の懲役が言い渡される。もし同様の行為により、他者に重傷を負わせた場合、あるいは死亡させるか公私の財産に重大な損失をもたらした場合は、同罪により10年以上の懲役、無期懲役または死刑に処せられることになる。

 落下物事件に関する規定は、来年1月1日から施行される「民法典」にも新たに設けられた。それは、「危害を与え得る建築物の使用者は、補償後、権利侵害(不法行為)者に求償する(5)権利を有する」という求償規則の一行だ。これにより、前述の重慶の事案で、「やってないのに共同不法行為者として連座させられた人たち」も、「本当にやった人」に対して賠償を求めることができるようになる。これで落下物問題は解決に向けて一歩近づいたと言えるだろう。

 

1)四散而逃 クモの子を散らすように逃げる

2)高空抛物行为 高所からの投げ捨て行為

3)坠物 落下物

4)举证 立証

5)追偿 求償する 
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