中国「MR」の光と影 80年代に華麗なる登場

2020-10-21 16:06:23

鮑栄振=文

法律コラムなのに、いきなり英語の見出しで困惑された方もいるだろう。MRとは「Medical Representative」の略で、中国語では「医薬代表」、日本語では「医薬情報担当者」(1)と訳される。日本では今夏、MRがヒロインのテレビドラマが話題になったそうだが、今回の本欄は、昨今の中国のMRを巡る事情について、法律の観点を交えて紹介したい。

中国でMRは、「中華人民共和国職業分類大典」(2015年版)で初めて職業として記載され、「製薬会社を代表し、医薬品情報の伝達や意見交換、フィードバックに従事する専門人員」と定義された。簡単に言えば、医師などの医療従事者に医薬品や医薬情報を提供する製薬会社の営業担当者だ。

中国では1980年代、世界的な製薬会社の第1陣が市場に参入。スウェーデンと中国の初の合弁企業として82年、「華瑞製薬社」が設立された。その社史『華瑞伝説―中国製薬業の非凡な物語』によれば、同社が86年、他社に先駆けて中国にMRチームを設立したという。これが中国初のMRの誕生であった。その後、中国国内の各大病院にMRが現れ、後に中国国内の製薬会社もこれに倣い、MRを置くようになった。

同社史によると、華瑞製薬は91年、MRチームを70人規模に拡大。各種メディアに、「満45歳以下、大学専科(3年制の短大に相当)以上の学歴(医学・薬学系)で3年以上の実務経験があり、一定のコミュニケーションとセールスのスキルを備えていること」を応募条件に求人広告を掲載した。

採用担当者は当初、募集のハードル(学歴条件)が高過ぎて、ほとんど応募がないのではないか、たとえ応募があったとしても医師ばかりでセールススキルが足りないのではないか――と心配したという。ところが、実際には数多くの応募があり、上海では医師9人、製薬工場の工場長1人の計10人をMRとして採用したという。

当時のMRは医師から転身した者が多く、最新の研究成果や投薬理念(2)を理解することができたため、医師側からも歓迎されていた。また、当時は医師が新薬の情報を得るルートも限られており、国際的な製薬会社は国外の最新薬を最優先で導入していたため、こういった元同業のMRは、医師たちに最新の知識や治療の視点をもたらす存在でもあった。

そのころ、医師とMRは対等な立場だったと言えるだろう。このため、MRのセールスもシンプルで純粋なものだった。また、製薬会社が新薬販売に際して行うPRイベントでは、参加した医師らに積極的にセールスを行い、各病院の診療科に行って小規模のプロモーションイベント(3)を開いた。一方、病院側でも、半年に1回開く薬事委員会の会議に、MRを積極的に招待していたという。

 

歓迎から一転、鼻つまみ者(4)に

しかし、このMRの「黄金時代」も長くは続かなかった。90年代の半ば過ぎになると、国内では大小の製薬会社が乱立し、無秩序な市場競争といった問題が出てきた。また会社間の同質化は深刻で、多くの製薬会社が、効果にほとんど差がない同じような名の医薬品を競って製造した。このような状況の中、生き残りのため、MRは「歩合販売制」(MRと医師の両方が売り上げに応じたリベートを得る方式)が次第に主流の販売方法となった。しかし、この「歩合販売制」は、ともすれば法で定められた「商業賄賂」(中国独特の規定。民間における商業上の贈収賄行為)を構成しかねないものであった。

今世紀に入ると、医薬品販売業界では賄賂が活発に行われるようになった。当時の衛生部(日本の旧厚生省に相当)の高強部長(大臣)が指摘したように、商業賄賂の横行は、人々が適切な治療を受けるのを困難にさせ、また医療費が高額な状況に拍車を掛け、医薬品管理の混乱や医師・患者関係の緊張化、医療紛争の増加の一因ともなった。このため、医薬品売買の商業賄賂は、政府がたびたび行った商業賄賂撲滅運動で、重点的な取り締まり対象の一つとなった。

一部の外資系製薬会社も製品販売のために商業賄賂を行っており、相当な額の賄賂が渡されることも珍しくなかった。例えば、13年には世界的な製薬会社グラクソ・スミスクラインの中国法人による贈賄事件が摘発され、その翌年には、長沙市中級人民法院(日本の地裁に相当)により、同中国法人に罰金30億元、同社中国法人代表であったマーク・レイリー被告らに懲役3年(執行猶予4年)および国外退去処分の有罪判決が言い渡された。

当時、記者がざっと数えただけでも、グラクソ・スミスクラインも含め、サノフィ、UCB、ノバルティスなどの外資系製薬会社8社が商業賄賂に手を染めていたという。

中国中央テレビは16年、「薬代の半分近くはやつらの懐へ!」と題する調査レポートを放送した。同レポートは、上海市や湖南省の6カ所の大病院に対し8カ月にわたる調査を行った。それによると、毎日多くのMRが決まった時間に病院を訪れ、医師に高額なリベートを渡して、会社に課せられた毎月の販売ノルマを達成しようとし、MR業務の活動という「隠れみの」(5)をかなぐり捨てていたという。

MRの裏の顔を暴いた同レポートが放送されると、当時の国家衛生・計画出産委員会(現在の国家衛生健康委員会)をはじめとする各機関はこれを重視、すぐさまMRによる商業賄賂を厳しく調査・摘発し始めた。こうして、数百万のMRは、あっという間に鼻つまみ者となった。

 

法令順守強化でMRが歩む道

「以前は病院に入る時、胸に名札を付ければよかった。しかし、今は入館のたびに顔認証を行わなければならず、時間制限もある。多くの診療科の入り口にでかでかと『MR入室禁止』と書かれていることも多く、警備員に呼び止められることもたびたびだ」。そう語るMRもいる。

確かに彼の言うとおり、近年ではMR届出制の実施や、MRとの面会にあたっての「三定一有」(面会の場所・時間・人員を定め記録を残すこと)のルール化、顔認証システムや全面監視システムの導入、無犯罪証明書の提出が義務付けられるなどの措置が各地の大病院で講じられるようになり、MRの病院での医薬品販売に対する規制はますます厳しくなっている。

特に、国や地方政府の関係部門は厳しい姿勢を取っており、MRが医薬品の販売を行うことを禁止している。国務院弁公庁が17年2月に通達した「医薬品の生産・流通・使用に関わる政策のさらなる改革・整備に関する若干の意見」では、MRができることは学術的見地からの普及活動と技術コンサルティングだけで、医薬品の販売は行ってはならないとしている。

また、国家薬品監督管理局が今年6月5日に再発表した「MR届出管理規則(試行)(意見募集稿)」では、MRが医薬品の販売を行うことは法令レベルで明確に禁止された。また、届け出なしにMRが学術普及の活動を行うことも禁止された。

これらの法令や病院が講じた法令順守対策により、MRは苦境に立たされている。多くの製薬会社は法令順守のため、MRに医薬品販売をさせないようにしている。また当のMRたちも、業務内容の変更を受け入れるか転職かという選択を迫られている。多くのMRは、「皆が普及活動や技術情報の提供を行うようになったら、どうやって競争を勝ち抜けばいいのか」と考えている。筆者としては、どのような職業も変革には痛みが伴うものであり、それを乗り越えてこそ真の変革を迎えられるのだと考える。MRも、プロとしてアカデミックな普及活動を行う能力を速やかに高め、専門知識を深めながら、新しい医薬品の研究開発の動向にも注意を払い続けるべきことに疑いの余地はないだろう。

 

1)医薬情報担当者 医药代表

2)投薬理念 用药理念

3)プロモーションイベント 推广会

4)鼻つまみ者 过街老鼠

5)隠れみの 遮羞布 
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