中国を静かに変える「信用」

2021-02-18 16:43:11

鮑栄振=

筆者は普段、地下鉄でオフィスに出勤するが、自宅から最寄りの地下鉄駅まではシェアサイクル(1)を利用することが多い。現在、大手のシェアサイクルは、登録時に百元から数百元の保証金を支払い、さらに利用料金支払いのために前もって一定額をチャージする必要があるものがほとんどだ。

これを当たり前と思っていた筆者だが、若手弁護士から次のような話を聞いた。

「僕は普段、『芝麻信用』(ゴマ信用、信用情報管理システム)のアプリを使ってシェアサイクルを利用していますが、保証金なしです。実は、今住んでいる部屋も仲介業者を通して借りていますが、『芝麻信用』の信用ポイント(2)が743点あるので、2500元の敷金も払わずに済みました。また、普通は家賃3カ月分を一括前払いするところも、免除されました」

これを聞いて筆者は「芝麻信用」に興味を抱いた。というのも、北京や上海、広州などの大都市では、部屋を借りる際に「(日本で言うところの)敷金(家賃1カ月分と同額)+3カ月分の家賃前払い」が一般的だからだ。例えば家賃3500元の物件を借りようとすると、最初に支払う金額は、敷金3500元と3カ月分の家賃1万500元の計1万4000元が必要だ。また仲介業者を通した場合は、さらに仲介手数料(家賃1カ月分)が加算され、総額1万7500元にも上る。これには光熱費やネットの接続料金などは含まれないので、部屋を借りる人にとっては大きな負担だ。

 

信用は優遇の「開けゴマ」か

「芝麻信用」は、中国アリババグループの関連企業アントグループが開発した個人信用評価システムだ。その名称は、『千夜一夜物語』(アラビアンナイト)の「アリババと40人の盗賊」に出てくる有名な呪文「開けゴマ」に由来するという。

「芝麻信用」は、中国国内の多くの都市で他のサービス会社と信用ポイントによる保証金免除(3)のサービスを展開している。信用ポイントが高ければ、配車サービス利用時に料金の後払いができたり、ホテル宿泊時にデポジットが免除されたり、傘やモバイルバッテリーまで保証金なしで借りられるなど、都市での生活のさまざまな面で優遇を受けることができる。

「芝麻信用」による各地での事業の大展開は、中国政府や各地方政府が強力に推し進める社会信用システム構築の恩恵にあずかっている。この社会信用システムは、各地方政府が収集した行政処罰や司法判決、社会保険料納入情報、交通違反情報などをまとめた全国信用情報シェアプラットフォームを活用するものだ。

2014年に社会信用システム構築計画要綱が公表されて以来、中国全土で統一社会信用コード制度が実施された。その翌年末には、39の政府機関や全国の省・自治区・直轄市、37の企業・組織などが保有する各種の信用情報33億件が、この全国信用情報シェアプラットフォームに集約された。信用状況が良いと信用ポイントが高くなり、利点が発生する。逆に信用を失墜する(4)行為があると、厳しく管理され罰せられることもある。信用失墜行為の程度が著しい場合は、飛行機や高速鉄道に乗れなくなったり、株発行や投融資を募ることができなくなったり、税制優遇が受けられなくなったりする。

国家発展・改革委員会の統計によると、17年6月時点で信用失墜行為により航空券の購入制限を受けた者は延べ733万人、列車の一等寝台(5)や高速鉄道などの一等席のチケットの購入制限を受けた者は延べ276万人に上るという。また、同年5月までに中国工商銀行が拒否した信用失墜者(信用失墜行為によるブラックリスト掲載者)からのローン申請やクレジットカードの申し込みだけでも80万件近くに及び、関連する資金は84億元余りに上ったという。

 

借金踏み倒しは進学不可?

「民、信なくば立たず。業、信なくば興らず。国、信なくば衰えん」という言葉がある。今日でも信用は社会生活のキーワードだ。しかし、信用がますます必要になっているにもかかわらず、現代社会で最も不足しているのが、他ならぬ信用である。

人々が信用を重んじないことは中国の市場経済の長年にわたる弱点であり、経済発展を著しく阻害してきた。特に、「老頼」と呼ばれる借金の踏み倒し常習者は、そのような風潮を助長し、中国社会に大きな悪影響を与えてきた。もし「老頼」が、裁判所が命じた返済を履行しないのならば、裁判所によって「信用失墜者リスト」に載せられることになる。

中国ではここ数年、大学受験シーズン(6月)になると、ネット上で決まって、「『老頼』の娘が高考(センター試験に相当)で710点という高得点を取ったのに大学に合格を取り消された」といったうわさが流れる。これを聞いた「老頼」の中には、自分の子どもも大学に行けなくなるのではと心配し、大慌てでその真偽をあちこち問い合わせる者もいるという。

そのせいだろうか、全国人民代表大会(全人代)の記者会見で、最高人民法院(最高裁に相当)裁判委員会の副大臣クラスの専任委員である劉貴祥氏に、このうわさについて説明を求める記者も現れたほどだった。劉氏ははっきりと、「(両親が)信用失墜者の場合、その懲戒措置は(子女が)学費の高い私立校への進学が制限されるだけで、通常の義務教育と高等教育など正常な進学について制限はない」と答えた。

「信用失墜者リスト情報の公表に関する最高人民法院の若干の規定」によると、信用失墜者リストに掲載された者は(個人の)基本情報が公開される。また、ホテルやゴルフ場など料金が高額な施設の立ち入りはできず、交通機関の利用も制限を受け、飛行機の利用や列車の一等席、客船の二等席以上の座席を買うことはできない。ローンでの家や車の購入、ホテル付属のマンションなどを借りることも許されない。

また、昨年は次のような事案も発生した。董氏は楊氏から7800元を借りたが、2000元を返しただけで残金を返済しなかった。楊氏は訴えを起こし、董氏に残る5800元の返済を求めた。裁判所は楊氏の主張を認め返済を命じたが、董氏はそれでも返済しなかったため、楊氏は裁判所に強制執行を申し立てた。そこで裁判所は、董氏を信用失墜者リストに加え、高額消費や航空機の利用を禁止した。ところが董氏はその頃タイにいたため、中国に戻れなくなってしまった。結局、董氏の家族が裁判所に返済金を納め、董氏への懲戒措置を解除してもらった。

世間の風当たりも強く、「老頼」は減少傾向にあり、信用を重んじる人も多くなってきている。中国は、「信用のある人はずっと青信号、ない人は至る所で止められる」という社会の実現に向けて努力を続けてきており、それが現実になるのもそう遠くはなさそうだ。信用は中国社会を静かに変えつつあると言えるだろう。

 

1)シェアサイクル 共享单车

2)信用ポイント 信用积分

3)保証金免除 免押金

4)信用失墜 失信

5)一等寝台 软卧 

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