社会の成熟と若者が創る未来

2022-05-05 11:48:23

文=ジャーナリスト 木村知義 

  

  

今回は中国の「若者世代」考察の一端を述べてみます。 

1月号の特集「中国の未来を担うZ世代」を読みながら、随所で触発されるとともに考えさせられました。その感慨を一言で言うと、中国社会の成熟を知ることになったということです。 

「中国でZ世代とは1995~2009年に生まれた若者を指す。平和と発展の時代に生まれ成長した彼らは、小さな頃から物質的に恵まれ、先進国の同年代と遜色のない生活を送る者もいる」と始まるこの特集では「彼らを理解することは将来の中国社会の発展を予測するのに役立つ」と述べています。まさしく、現在の中国とこれからの中国について理解を深めようとすると、この世代について知り、理解を深めることが欠かせないと痛感したのでした

「痛感」と書いたのは、この特集がとてもタイムリーだと思うことが年明けにあったからです。 

  

「白熱教室」から見えた中国のZ世代 

正月3日の夜、NHKBS1で「マイケル・サンデルの白熱教室 中国の友よ 君はそれで幸せなの?」が放送されました。 

「2021年、国際社会での存在感を大きく高めた中国。政府は中国共産党創立100年を機にさらに大胆な政策を次々と発表し世界を驚かせました……」というナレーションで始まったこの番組では、中国の「教育改革」や「共同富裕」の取り組みについて、復旦大学の6人、東京大学と慶應義塾大学の6人、そしてハーバード大学5人の、中日米3カ国の学生たちがハーバード大学教授のマイケル・サンデル博士のリードで前後半それぞれ50分にわたって議論を繰り広げました。 

教育改革について「未成年者がオンラインゲームで遊べるのは、週末の1日1時間だけ、営利目的の塾は禁止、小学2年生まで宿題も禁止……」と紹介したのをはじめ、ナレーションで語られる中国の政策の説明では、ところどころ違和感を覚えたところもありましたが、それはひとまず置くとして、出演した中国の女性2人、男性4人の若者の発言に目を見張りました。もちろん、選ばれた優秀な学生たちだからだという見方もあるかもしれませんが、それにしても、それぞれが自分の言葉で闊達に語り、説得力に富む発言で、見ていて引き込まれたのでした。私にとってはまったく初めて出会う中国のこの世代に対して、とても新鮮な驚きがありました。 

「これまではあまりにも学校、勉強中心だった。これから生まれてくる子どもにはこんな熾烈な競争を味わわせたくない」「教育は一人の人間として成長させることを目指すべきだ。いま打ち出されている政策はこのことを模索しているのだ」というのです。つまり、勉学、学歴を巡って熾烈な競争社会を生きている彼らが、この教育改革は人間に関わる全人的な陶冶を目指していると捉え、その可能性に目を向けているのです。 

  

若者の現在を見つめ未来を予測 

ところで、なぜこれほど若者に注目するのか、です。 

経済学者の故森嶋通夫氏(元大阪大学教授、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授)は20世紀末、1999年に『なぜ日本は没落するか』を出版して2050年の日本の姿を予測しながら日本社会に内在する問題を指摘して警鐘を鳴らしました。この書は『なぜ日本は「成功」したか』『なぜ日本は行き詰ったか』と共に三部作を成すことで知られる名著で、経済と社会のありよう、とりわけ教育について鋭い考察と問題提起がつづられているので今も繰り返し読み返す一冊となっています。 

この書の第1章は「予想の方法論」となっています。「経済や政治がどうであるかを直接推定すれば、掴み所がなくて茫漠としているが、まず二〇五〇年の社会の土台はどのような人で構成され、そのような土台の上にどんな上部構造が築かれ得るかという間接的な推定法をとるならば、見通しははるかに開けてくる」として、子どもたち、若者たちの教育に目を凝らして考察を始めるのです。平たく言えば50年後の社会を予測するにはその未来の時代に社会の土台を形成する、あるいは社会の中核として活躍することになる現在の子どもたちをしっかり観察して分析することが大事で、そこからその時代すなわち未来が見えてくるというわけです。 

  

若者たちと中国社会の成熟 

いま、中国ではあらゆるところで「創新」、イノベーションの重要性が語られます。これからの中国の発展を目指す時には既成の知識偏重と競争中心の教育では限界がある、のびやかで創造性に富む感性を育み、時代にふさわしい知見を獲得していく全人的な教育環境に変えていかなければ未来はないということを深く考え始めていることが、若者の発言から見えてきました。 

また、「共同富裕」については、ナレーションでのコメントが企業人に多額の寄付をさせることになっていると「一面的」あるいは「矮小化」のきらいを否定できない説明になっていることに対して、「これまではおいしいケーキを作ることに努力してきたが、これからはそのケーキをみんなで切り分けることを考えていくことになったのだ」と述べた上で、共同富裕と教育をひとつながりのものとして捉え、格差を是正して教育の機会を平等に得られるようにすることの大切さが語られました。さらに、こうした認識が積み重ねられてきたことで企業家たちが社会の変化の「風」を感じ取って自発的な寄付の動きが生まれたのであって、社会で制度的な取り組みがなされてきたことがあったからこそ、企業家たちの背を押したのだということも語られました。 

若者たちが、自ら育ってきた環境や体験を通じて問題の在りかを的確につかみ、考え、自らの言葉で語る光景に、大きな可能性を感じたというわけです。そして興味深かったのは、議論を通じて米国の学生の中に、中国の学生に賛同する意見に変わる学生がいたりして、予定調和ではない、実に生き生きした討論が重ねられたことです。 

さらに、サンデル博士の最後のまとめでも語られた、こうした中国の若者たちの考え方が国家および社会に対する確固とした信頼から生まれていること、このことが国家や政府の役割についての政治哲学に関わる重要な土台となっていくという指摘に、胸を突かれたことを記しておかなければなりません。 

こうして、番組での若者たちの発言を通して、中国社会の成熟の「現在地」を知るとともに、もはや「昨日の中国」ではないことをしっかり認識しなければ、今の中国はおろかこれからの中国も見えてこないことを告げ知らされることになり、とても深い刺激となりました。 

日中国交正常化から50年を迎える今年ですが、日中関係は決して楽観できない厳しい状況にあります。それだけに、これからの日中関係を考えるなら、そして、まさに次の50年を見通すなら、日中双方の「Z世代」に希望を託すことになります。それゆえに、日中両国の「若者」に目を向け、理解を深めていくことがとても大事な営みになってくると思うのです。ここを始点として、中国の若者たちと触れる機会を、そして日中の若者たちの交流がさらに、さらに活発になることを深く願ったのでした。 

  

  

  

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