日中共にWTO精神を支持 白書で保護貿易主義に警鐘

2018-08-29 16:26:51

江原規由=

 今年6月28日、国務院新聞弁公室から初の「中国と世界貿易機関(WTO)白書」(以下、白書)が発表されました。中国が143番目のWTO加盟国となったのが2001年1211日でした。それから17年後、改革開放40周年に当たる今年、白書が発表されたことは、世界貿易の発展にとって絶好のタイミングであったといえます。WTOは自由貿易促進を主目的として創設された国際機関です。この点、開放経済を推進する改革開放と目的を一にしているといえます。今、そのWTOの趣旨に逆行する保護貿易主義、反グローバリズムの風潮が台頭しつつあります。全文1万2000字に及ぶ白書では、主に、加盟以来中国が果たしてきたコミットメントの達成状況と、その過程で中国が実践してきた自由貿易推進の実績が紹介されています。白書は、現行の保護貿易主義への警鐘といっても過言ではないでしょう。

■ 改革開放と一帯一路つなぐ

 その白書の冒頭部分で、「WTO加盟で中国の改革開放は歴史的新段階に入った」とし、さらに、 「WTO加盟は中国を発展させたばかりか、世界の発展にも貢献した」と、加盟後の17年間を総括しています。そのことは、昨年の世界全体の輸出額に占める中国の構成比が128%で世界第1位、輸入額では同102%で世界第2位、さらに、世界120余カ国地域が中国を主要貿易相手としていることなどからも認められます。

 さらに、白書では、今後も中国はウインウイン(互利共贏)の開放戦略を取り、これまでの経験を生かし、「一帯一路(シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロード)」の共同建設を推進し、中国と世界の共同繁栄を促進するとしています。言葉を換えれば、WTO加盟は、改革開放と今や100余カ国の参加支持を得ている「一帯一路」事業推進の「つなぎ役」としても大きく貢献したといえるでしょう。

■ 加盟時のGDPは世界6位

 筆者は中国のWTO加盟が決定した2001年1111日に北京赴任の途に就きました。その頃は、まだ、羽田から北京への直行便も、光棍節(独身の日)(注1)も、中国の「新4大発明」の一つとして世界で注目されているシェア自転車もありませんでした。同年3月には、「一帯一路」の発展を支えている西部大開発が第10次5カ年計画(0105)に盛り込まれ、さらに、今や世界最長の営業距離を誇る高速鉄道(新幹線に相当)の初路線となる北京_上海間の建設にどの国の技術が採用されるか、日本、ドイツ、フランス、韓国などが受注合戦にしのぎを削っていた頃でした。

 日中関係はというと、1978年の改革開放時の熱烈歓迎から冷静実務の時代を経て、政冷経熱(注2)の時代といわれていました。加盟の翌年には、日中国交正常化30周年祝賀式典が胡錦濤国家副主席(当時)の出席を得て人民大会堂で盛大に開催されており、政冷経熱とはいえ、その会場にいて、日中関係の行方には前途洋々たるものが感じられました。当時、中国は国内総生産(GDP)で世界第6位でしたが、上海万博が開催された2010年に日本を追い越し、世界第2位の経済大国に躍進します。その上海万博の開催が決定し中国が湧いたのがWTO加盟からちょうど1年後の0212月3日でした。中国経済の急成長と国際化の進展が予想された時代に、中国の長年来の夢といわれたWTO加盟が実現したわけです。

■ 上海国際輸入博は一大成果

 現在、中国は世界の大国の中でWTOの機能と役割を最も支持している国といっても過言ではないでしょう。例えば、加盟時のコミットメントの履行状況で見ると、関税率の引き下げについては、10年に加盟時の平均関税率153%を98%(注3)まで引き下げ、また、サービス貿易では、07年までに100サービス業部門を開放するなど早期履行(注4)しています。パスカルラミーWTO事務局長(当時)は、「中国のコミットメント履行はA+」と評価したほどです。

 このほか、中国がWTOの精神に沿って自由貿易促進に払った努力は少なくありません。例えば、知的財産権保護措置の強化執行、対中投資制限措置の削減(18年6月時点65%削減)、13年には参入前内国民待遇とネガティブ管理方式による実施を柱とする上海自由貿易試験区(FTZ)の設置(現在、中国全土に11カ所に拡大)、さらに、02年以来、中国が24カ国地域と締結した16自由貿易協定(FTA)の存在、さらに、ウインウインを趣旨とする「一帯一路」の共同建設が着実に進展していることなどが指摘できます。何より、現在、前述した中国が世界第2位の輸入大国(WTO加盟以来17年間の輸入の年平均伸び率は135%で世界全体の2倍)となっていることがその成果を雄弁に物語っているのではないでしょうか。この点、今年11月、中国で開催される国際輸入博覧会は、中国のWTO加盟の一大成果であり、自由貿易推進のための最先端プロジェクトといっても過言ではないでしょう。

■ 日中貿易にも好ましい影響

 さて、日本にとって、中国のWTO加盟はどうだったのでしょうか。昨年の実績から見てみましょう。まず、対中貿易では、WTO加盟以後、2桁成長を続け、09年に、前年発生した米国に端を発するリーマンショックの影響によりマイナス成長に転じ、その後やや停滞しましたが、昨年には、両国間の貿易が3000億(約33兆円)規模に回復しています。日本の対中投資では、前年比51%増(32億7000万)となり、前年までの4年連続減少から増加に転じました(注5)。対日投資では、今年5月に訪日した中国商務部(日本の省に相当)の鐘山部長(同大臣)が世耕弘成経済産業大臣との会談で、越境EC(国境を越えた電子商取引)、モバイル決済、シェアリングエコノミーなど、新たな分野の対日投資が増えていると、紹介しています。

 今年4月、10年以来8年ぶりに第4回日中ハイレベル経済対話が再開し、その翌月、李克強総理が日本を公式訪問(総理として8年ぶり)するなど、日中関係は新たな時代に入りつつあります。経済関係についていえば、今後、中国が海外展開を図るとする膨大なPPP(官民連携)事業などにおける第三国市場での日中協力(注6)、「一帯一路」での日中連携、そして、中国企業の対日投資などで進展が期待できるでしょう。

■ 日中関係の発展への伏線に

 確かに、WTO加盟によって中国経済の国際化が大きく進んだことは、世界にとって「造福(幸福をもたらす)」(注7)でした。一国主義と保護貿易主義の台頭する状況下、中国は世界経済ガバナンスの整備を提起しており、これに共鳴する国は少なくありません。「一帯一路」の進展、参加国が86カ国地域へと急速に拡大したアジアインフラ投資銀行(AIIB)、今後の進展が期待される東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉会合の開催(6月、東京)、多角的貿易体制の維持で共通認識のあった中国欧州連合(EU)経済貿易ハイレベル対話(6月、北京)、そして、年内に予定されている安倍首相の訪中など、世界は新時代へ向け脱皮しつつあるといってもよいでしょう。世界第2位の経済大国の中国、同3位の日本は、共に、グローバリズム、すなわち、WTO精神を是としています。今回の白書発表は、あるべき日中関係の発展への伏線でもあるといえるのではないでしょうか。

 

1:中国のインターネット通販の最大の商戦日

2:1990年代以降の日中関係を「政治は冷却、経済は過熱」と表現した言葉

3:加重平均関税率では、2015年に44%となり、米国(24%)、EU(3%) に接近

4:今年6月現在、中国はWTO規定の160サービス部門中120部門を開放済み

5:中国日本商会がまとめた「中国経済と日本企業2018年白書」による

6:5月の李克強総理訪日時、「日中企業の第三国市場協力に関する覚書」に調印

7:世界経済の成長率に対する中国の寄与率は15%強で世界一など

 

 

関連文章