停電って素晴らしい

2020-03-09 15:16:18

 

高見=文

鄒源=イラスト

 市内で突然停電が発生した。男も女も魂が抜け、心にぽっかりと穴が開いたかのようだった。

 男も女も互いを見やって、暗闇の中言葉もなく、苦り切っていた。女は男に「寝ましょう」と言った。男は女に「寝よう」と言った。男と女は面白くなさそうに寝室に向かった。

 男も女も眠ることができず、目を見開いて考えを巡らしていた。

 毎日この時間には、男はいつもパソコンの前にいて、ネットサーフィンをしていた。女は必ずテレビの前にいて、連続テレビドラマを見ていた。彼らは各自の世界と趣味を持ち、互いに干渉することはなかった。今晩、無情にも停電が全てを奪ってしまい、彼らを早々に冷たいベッドの上へと押しやったのだ。

 こん畜生の電気め。男も女も心の中でののしった。彼らは眠れず、眠れない彼らはボソボソと言葉を交わした。「電気の役割は大きすぎるよ。電気がなくちゃ、本も読めなければ何も書けないし、ネットだって見れない」と、男は言った。「そうよね!電気がなくちゃ冷蔵庫だって、炊飯器だって使えないし、テレビだって見れないもの」と、女は言った。男と女は各々の関心事に重ねて感慨を述べた。

 夜が更け、彼らはやはり眠れず、まるで何かを待っているかのようだった。

 男はまた何か考えている様子で、「ああ、以前は何もなかったな。ただ仕事をして眠るだけで、どうやって耐えていたのか、分からないよ」「どうにかやってきたじゃない。子どもだってこんなに大きくなったんだし」女が答えた。

 そうだ、そうだ。子どものことを思い出して、男も女も同じような感慨にふけった。彼らは今までの歳月を思い出した。思い出すのもつらく、また幸せな思い出でもあった。男と女は興奮して座り直し、あれやこれやと楽しそうにしゃべり始め、電気がないという不愉快と悩みを忘れてしまったかのようだった。

 男は夜の光の中で妻を見て、突然感じた。「妻とこのように世間話をしたのは、はるか昔だったような気がする」

 男の勤めていた会社は業績が振るわず、早期退職をしていた。男は気落ちしており、人生がむなしいものだと感じていた。男は文学を好み、家に戻った男は何かを書いて、人生の欠落感を補おうと誓いを立てた。男はパソコンを買った。パソコンを買うと心のよりどころを得たような気がして、ずいぶん若返ったように感じた。

 女は逆に自分が老けたように感じた。男が毎日パソコンにくぎ付けで、早朝から深夜まで机にすがりつき、昼夜を問わず書き続け、まるで毎日1冊本を書き上げているみたいな勢いであった。女は男のことを理解していたが、男が自分の存在を無視することについては理解できなかった。

 女は男を大切に思っていた。リンゴの皮をむいた。

 男はスクリーンをにらみながら、「そこに置いておいてくれ」と言った。

 女はジュースを持ってきた。

 男はキーボードをたたきながら、「そこに置いておいてくれ」と言った。

 女は突然、後ろから男を抱きしめた。

 男は考えもせず、「そこに置いておいてくれ」と言い、突然少し変に感じて、さらに「ふざけないでくれよ」と言った。

 女は怒った。女は退屈していた。退屈な女はすぐ寝室にテレビを見に戻った。女は韓国ドラマを見るのが好きで、次第に韓国ドラマファンになっていた。彼女はドラマの中に満ちている温かな家庭の雰囲気が好きだった。

 夜はどんどん更けてゆく。男と女はやはり眠りたくなかったし、眠くもなかった。そこで彼らはしゃべり、恋愛から結婚するまで、子どもが生まれてから成長するまでのことをしゃべった。彼らはロマンチックな追憶にひたっていた。この停電はまるで彼らのために、気を利かせてセッティングされたもののようだった。

 男は女の手をとり、手の中でさすって、女は寄り添い、男の胸の上にもたれかかった。

 女は言った。「停電って素晴らしいわね」

 男は言った。「夜って美しいな」

 

翻訳にあたって

 ひと昔前まで中国ではしばしばあった停電も、最近は少なくなっているようだ。逆に日本では、頻発する災害時に発生するものとして、停電が再び注目を集めつつある。とはいえ、災害時の停電では、さすがにこの物語の夫婦のように楽しむことはできないだろう。この文章は、子どもが巣立って夫婦二人に戻った高齢夫婦の日常を描いたものとして、共感できる部分が多いのではないかと思う。なお、韓国のテレビドラマは中国語で「韩剧」で、日本のテレビドラマだと「」となる。外国のテレビドラマはテレビでしばしば放映されるほか、インターネットで視聴可能なものも多く、日本人以上に日本のドラマに詳しい人も多い。 (福井ゆり子)
12下一页
関連文章