指切りげんまん (抜粋)

2021-10-12 15:39:03


欧陽明=文

鄒源=イラスト

あと10日で、彼は去らねばならなかった。都会に戻り、尹伊と結婚式を挙げ、当初の約束を実現させねばならない。

彼が教育支援をしているのは、一時の衝動などではない。子どもの頃、もし教育支援教師の薫陶を受けていなかったら、彼もまた先祖たちと同様に山中に暮らし、腹を満たすためだけに忙しく働く一生を過ごすことになっていただろう。大学に合格した日、今後必ず教育支援に身を投じると彼は誓った。貧困山岳地帯の子どもたちが最も必要としているのは、物質ではなく、温かな寄り添いであるということを彼は知っていた。

尹伊は彼を行かせたくなかった。「あなたが行かなくても、誰かが行くわ」

「行かなきゃならないんだ。そうしないと僕は一生、良心のとがめを感じるだろう。2年、2年でいい。2年後に戻って来るから結婚しよう」

2年間、彼はずっと山の中にとどまり、尹伊とは電話で思いを伝え合うしかなかった。彼と子どもたちは強い絆を結び、子どもたちは彼がとても好きだったし、どんな心配事も彼に相談した。でも今日、子どもたちは突然黙りこくってしまった。いつもは一番おしゃべりな果果ですら、そうだった。

果果は幼い頃、両親が土石流に飲み込まれてしまい、おばあさんに育てられた。彼が教育支援を始めて3日で、果果は学校に来なくなった。彼が彼女の家に行ってその理由を尋ねると、果果は言った。「私は馬鹿だから、勉強なんて向いていない」「君は馬鹿じゃない。戻って勉強を続ければ、いい成績を収められることを先生は保証する」。彼は言ったが、果果は信じなかった。彼は小指を差し出して言った。「じゃあ、指切りげんまんをしよう!」。果果はしばらく迷って、ようやく指を差し出した。

彼のきめ細やかな指導の下で、果果は急速な成長を遂げ、中間試験ではトップ3に入る成績を収めた。果果は喜び、山で摘んだ野菊を彼に贈った。

「家で何かあったの?」。授業が終わった後、彼は果果に尋ねた。

果果は答えず、ただ首を振った。その視線は運動場のポプラの木に向けられていた。それは彼が赴任したばかりの頃、子どもたちと一緒に植えたものだった。当時、彼は子どもたちに、「先生は君たちをこの木と同じように、すくすくと成長させ、大木に育ててみせる」と言ったのだ。

「あの木はもう大きくならない」「育っているじゃないか」。彼は訳が分からなかった。「もう育たない。先生は行ってしまうもの」。果果はそう言うと、目に涙を浮かべた。

「僕が去っても新しい先生が来るじゃないか」。彼はとうとうその理由を知った。

「先生、行かないわけにはいかないの?」。果果は涙をためて彼を見た。

 彼は突然決心し、果果に笑い掛けながら言った。「よし、じゃあ先生は残る。君たちが高校に受かったら帰るよ」  

「ほんとう?」。果果は泣き止んで、笑った。

彼は尹伊に言った。「僕は君を愛しているけど、子どもたちも愛している」。尹伊は信じず、千里の彼方からはるばる山里までやって来た。その日、彼は子どもたちに、尹伊のために現地の風情あふれる歌や踊りを披露させた。

数日後、尹伊は去った。でも1カ月後にまた戻ってきた。彼女はそこに残り、彼と共に子どもたちを教えるようになった。数年後、二人は結婚し、自分たちの子どもを持った。

 

翻訳にあたって

「支教」、すなわち教育支援とは、中国の立ち遅れた地域の子どもたちの教育や教育環境向上を支援するためのボランティア活動のこと。辺ぴな農村地域の小・中学校に、大学を卒業したばかりの若者が教師として赴任するというようなケースが多い。こうした農村地帯では、子どもたちの両親が出稼ぎで都市に働きに行っていることが多く、地元に残された子どもは祖父母に託されるものの、年のいった祖父母はきちんと子どもの面倒を見切れず、しっかりと保護されていないことが多々ある。こうした子どもたちは往々にして愛情に飢えていて、そのために、「子どもたちが最も必要としているのは、物質ではなく、温かな寄り添いである」ということになる。(福井ゆり子)

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