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製造業大国に白酒とワインの味

 

中国では、「白酒容易酔、啤酒容易肥、葡萄酒顕得很有気氛和情調」(白酒は酔いやすく、ビールは太りやすく、ワインは雰囲気と情緒がある)といわれる。

白酒(パイチュウ)はアルコール度数の強い蒸留酒のことで茅台酒(マオタイ酒)が有名だ(注1)。日本では、今から40年前の1972年、時の周恩来総理が日中国交正常化のため訪中した田中角栄首相をこの酒で接待したことでよく知られる。今年3月国務院が招集した第5回廉政工作会議で、温家宝総理が「禁止用公款購買香煙、高档酒和礼品」(公費によるたばこ、高級酒および贈答品の購入~三公消費~を禁ずる)を提案したこともあり、特に、高級白酒の異常高値現象(注2)に衆目が集まっている。中国のビールの消費量は世界第1位である。それにしては、中国に肥満の人をあまり見かけないのは不思議だ。

ワインの消費量は世界第5位(輸入量は同第8位)。近年、中国では宴席などでワインを飲む習慣が定着してきている。特に、若者、とりわけ、若い女性の間でワイン人気が増しつつあるという。ワインは老化防止、美容によく、文化の趣があり、ロマンを感じるというのが、その理由とのこと。その一方、外国産の拉菲(シャトー・ラフィット・ロートシルト)などビンテージものは、競売で破格の金額で落札されるなど投機対象として異常人気ともなっている。

若い女性はワイン好き ロマンと美容が魅力的

どの国にもその国を代表する「酒」がある。共通点はアルコールを含有していることだが、原料、味、飲み方で大きく異なっている。中国の女性がワインに文化の趣を感じているように、酒にはその国の文化が凝縮されており、酒造メーカーは文化創意産業といっても過言ではないだろう。

最近の中国経済・社会におけるワインと白酒の動向を見ていると、筆者には2001年の世界貿易機関(WTO)加盟当時の中国経済を髣髴させる。即ち、WTO加盟で中国市場が開放されると、外資企業の対中進出が本格化し、特に、自動車産業と農業に深刻な影響が出ると懸念された。当時、「狼来了」(狼=外資=がやってくる)という三語が新聞紙上をにぎわせ、WTO加盟で改革開放路線は大きな試練に直面するとした識者もあったほどだ。ところが、WTO加盟10年足らずの間に、中国は自動車生産量と新車販売量で世界第1位となり、農業にも深刻な影響は出なかった。今や、「与狼共舞」(狼とダンスした)といわれているほどだ。

今日、WTO加盟に匹敵するほど中国経済に影響すると考えられるのが「都市化」(注3)の行方だろう。都市化の進行は、人々の衣食住行(行は交通)における生活習慣や価値観の変化をともなう。

WTO加盟時の「狼」に例えるつもりはないが、ワインを外資企業に、そして、白酒を中国企業に見立てて、都市化が急ピッチで進む中国経済の一側面を展望してみたい。

生産量では世界6位に 消費量5年で3倍以上

中国におけるワイン年間消費量は酒類全体のわずか1.5%に過ぎないが、ある統計(注4)によれば、2006~2010年の5年間に中国(香港地区を含む)のワイン消費量は年率33.4%増の伸びを示し、3.4倍となり、今後、中国におけるワイン消費速度(注5)は世界最速となると、予測されている。

こうした中国市場を狙って、海外の名だたるワイン・メーカーの対中輸出攻勢が既に本格化してきている。例えば、フランス赤ワイン・アルコール飲料の対中輸出量は、中国がWTOに加盟した2001年から10年間に3700%増となったとされる(中国経済ネット 2012年2月15日)。目下、中国はドイツ・ワインのアジアにおける最大の輸入国であり、アルゼンチン、スペイン、チリなども自国ワインの対中輸出攻勢に出ている。また、高級ワイン・メーカーの仏ロートシルト社が山東省の蓬莱で現地企業(中信華東集団)と共同でブドウ園やワイナリーなどの関連施設を備えた生産拠点を建設中と報じられている。モノ、技術そして資本でも、海外ワイン・メーカーの対中展開が進んでいるということになる。

同時に、中国が世界第6位のワイン生産国でもあることは見逃せない。中国のワイン生産拠点は、北は吉林省、南は雲南省、西は新疆ウイグル自治区と全国津々浦々にある。そのメッカは山東省の煙台で、中国を代表する「張裕ブランド」を世に出した張裕社が1892年に設立されている。中国では、ワイン・メーカーが質向上のため海外から良質ブドウや生産設備を輸入している一方、業界の再編や国際化も進行している。

例えば、白酒と赤ワイン製造工場が共同出資して設立した茅台葡萄酒廠(集団)昌黎葡萄酒業有限公司(注6)を例にとると、同社はフランスのシュヴァル・カンカール社と共同してフロンサック地区のchateau dallau荘園(シャトー)を買収し、現地生産したフランスワインを対中輸入する計画にあることを明らかにしている。「狼(輸入ワイン)来了」ではなく、すでに、「与狼共舞」の準備は整っているようだ。

英国の高級酒メーカー 8大白酒の筆頭株主に

中国企業に例えた白酒の現状はどうか。こちらも、WTO加盟後、国有企業が吸収合併による再編、株式化などによる民営化、多角経営化、さらに、外資導入による経営強化策を打出したのと同じ足並みにある。例えば、白酒生産メーカーでは、貴州茅台集団が2012年に不動産企業の買収に乗り出したほか、近年来、五糧液集団(不動産業、プラスチック、印刷、薬業、果実酒、電子、運輸業)、剣南春集団(製薬、交通、観光、ハイテク、建材、不動産)が他分野への投資で多角経営に乗り出している。このほか、中国コンピュータ最大手の聯想(レノボ)が河北乾隆酔酒業の株式87%を取得、また、海航集団が貴州醇(白酒生産メーカー)に出資するなどしている。外資との提携では、世界最大の高級酒メーカーの英国ディアジオ社が四川省成都の全興集団(自動車内装部品で台湾最大手)の株式四%を取得、いわゆる8大白酒の一つ水井坊の筆頭株主となったことや、仏モエ・ヘネシーの中国支社(酩悦軒尼詩酒業公司)が剣南春集団傘下の文君酒廠有限責任公司に資本参加したことなどが指摘できる。

マオタイはぜいたく品 ベンツ抑えて世界4位

WTO加盟以後、自動車産業は外資との連携を経て長足に発展し、今や、メイドインチャイナ車が輸出され海外で現地生産する中国自動車メーカーも出てきている。

都市化が急速進む中国にあって、白酒とワイン産業は21世紀の自動車産業といえよう。胡潤(フージワーフ)研究院(本誌2011年11月号の本欄を参照)の発表によれば、マオタイはぜいたく品ブランド価値でベンツやシャネルを抑えて世界第四位にランク付けられるなど、もはや中国の地酒ではない。ワインはというと、中国には300社ほど関連メーカーがあるとされる。今後、外資との提携がさらに進めば、中国がワインの生産、消費、輸出大国となるのはもはや白昼夢ではない。

白酒とワインには、国産、外国産を問わず、中国という膨大な市場がある。同時に、メイドインチャイナ酒が海外展開する機会が到来しつつある。酒の交易は文化交流でもある。海外の文化を受け容れつつ中国の文化を対外発信することで、白酒とワイン産業は製造業大国中国に文化の味付けをすることになろう。

 

注1 五糧液、貴州茅台(マオタイ)、瀘州老窖、洋河酒業、山西汾酒、郎酒、剣南春、水井坊が8大白酒(諸説ある)として有名
注2 飛天マオタイ酒(アルコール度数53度)は10年間に10倍に値上ったとされる
注3 全人口に占める都市住居者(都市戸籍所有者)の比率(国家統計局によると、2011年末時点で51.27%に達する)など
注4 フランス国際ワインおよび高アルコール酒情報社
注5 2010~2011年の中国ワイン消費量は赤ワインが91%を占める。
注6 貴州茅台酒廠(集団)有限責任公司、唐山昌盛実業有限公司、香港通宝葡萄醸酒有限公司が共同出資した合弁企業。2002年設立

(財)国際貿易投資研究所(ITI) チーフエコノミスト 江原規由

1950年生まれ。1975年、東京外国語大学卒業、日本貿易振興会(ジェトロ)に入る。香港大学研修、日中経済協会、ジェトロ・バンコクセンター駐在などを経て、1993年、ジェトロ大連事務所を設立、初代所長に就任。1998年、大連市旅順名誉市民を授与される。ジェトロ北京センター所長、海外調査部主任調査研究員。2010年上海万博日本館館長をを務めた。

 

人民中国インターネット版 2012年7月

 

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