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社会の“今”が凝縮『做次有銭人』

文・写真=井上俊彦

2011年には131億元の興行収入を記録するなど躍進を続ける中国映画。大作化、3D化が進む一方で、ローバジェット作品から大ヒットが生まれるなど、目が離せません。また、大都市から地方都市までシネコンの整備もこのところ急速に進んでおり、快適な映画館が増えています。そこで、実際に映画館に足を運び、北京の人たちとともに作品を楽しみ、作品に関連する話題からヒットの背景、観客の反応なども紹介していきます。

ポスター
平凡な若者が富豪の身代わりで大暴れ

先週ご紹介した『搞定岳父大人』に続いて、今週も『辺境風雲』『做次有銭人』と、初めて名前を聞く監督の作品を続けて見ました。好調な中国映画界では、どんどん新しい才能が登場してくる印象です。特に、チェン・アル(程耳)監督の『辺境風雲』はニン・ハオ(寧浩)がプロデュースを担当しており、ミャンマー国境を舞台にスン・ホンレイ(孫紅雷)、ワン・ルオダン(王珞丹)、ニー・ダーホン(倪大紅)が競演した犯罪ドラマで、なかなか見どころがありました。しかし、この作品はきっと日本でも映画祭上映されるのではと予想して、今回は『做次有銭人』の方をご紹介します。

というのも、超低予算映画(失礼)ながら、今の中国社会のキーワードがこれでもかと盛り込まれているからです。映画を通して今の中国を感じられるというのは、外国人にとって貴重な経験です。

主人公は人気スタジオドラマ『武林外伝』で“秀才”を演じたユー・エンタイです。今回はえげつないビジネスでのし上がった不動産会社のボス・唐耀と、ビリヤードが得意という以外に特に目立つところもない平凡な若者・李孟という2役を演じています。相手役はテレビのオーディション番組からデビューした歌手で俳優のチー・ウェイ。美人ですが、ドラマでは主人公をいじめる悪役で評判になりました。今回は、クールな見かけの不動産会社秘書・林培を演じています。

舞台は広東省の深圳。ビリヤード場でワナにはめられ10万元の借金を作った李孟は、林培に助けられ、病気になった自分にそっくりの不動産会社のボス・唐耀の身代わりとして、株主会議に出席することになります。最初はおっかなびっくりだったのですが、林培のスパルタ教育もあって不動産や会社経営の知識もマスターし、次第に身代わり役を楽しむようになります。調子に乗った李孟は、勝手に慈善活動に精を出すようになりますが、そんな彼を会社のナンバー2である聞鵬飛(ツァオ・ビンクン)が陥れようと工作していました……。

「吊糸男」が「白骨精」の心をつかむ?!

2年前に『帰省男、辛いよ』をヒットさせた発行元が、さらに低予算で制作したコメディーです。健康的な笑いの路線はまったく同じで「萌喜劇」というジャンルを自称しています。前作同様、フツーの市民がドタバタの末に幸せを手に入れるという心温まる物語になっていますが、面白いのは今の中国社会を反映するさまざまなキーワードが登場していることです。まず、主人公のプロフィールはいわゆる「吊糸男」に相当します。これは、「高富帥」つまり学歴や地位・お金を持つイケメンの対極にある男性を指すもので、イケてない、平凡な男という意味です。それが、優秀な女性ホワイトカラー「白骨精」の心をつかまえていくのです。「白骨精」とは白領(ホワイトカラー)、骨幹(中堅社員)、精英(エリート)と、西遊記の登場人物・白骨精(白骨夫人)をかけたものです。

映画館最寄りの地下鉄朝陽門駅のホームには工事中の仕切りが。北京では間もなく地下鉄4線が新たに開通し、交通は一段と便利になる

この日出かける時に、初めて焼き芋屋を見かけた。早朝はすっかり涼しく、もう北京には秋の気配がただよっている

さらに、物語には悪徳不動産屋に利用されるまじめな農村幹部、仕事にあぶれた農民工に悪事を行わせるチンピラ、豪華老人ホームへの入居を夢見る公園の老人たち、女に貢がせる大学生、そして企業家たちのショーアップされた慈善活動から成功者の自己啓発本まで、今の中国にいそうな人、ありそうなモノが次々と出てきます。そんな中でも、フツーの男子が、善良さと心優しい人柄で有能な美人秘書の心をつかむという夢(妄想?)を見せてくれる、ハッピーな展開が「萌喜劇」なのでしょう。

また、会話の中に「丁俊輝」の名前がたびたび出てくるのも今の中国らしいところです。彼はビリヤードのスヌーカで世界トップレベルの選手で中国ではスターです。

【データ】

做次有銭人 Substitute Millionaire

監督:ワン・リー(万里)、リウ・ユー(劉誉)

キャスト:ユー・エンタイ(喩恩泰)、チー・ウェイ(戚薇)、フー・ディエ(胡蝶)、ツァオ・ビンクン(曹炳琨)

時間・ジャンル: 92分/コメディー

公開日:2012年8月17日

紫光影城は朝外大街に面する大ショッピングモール・藍島大厦の中にある

紫光影城は庶民的な雰囲気だが、50年に及ぶ歴史を持つ由緒ある映画館。平日は朝から夕方6時前まで料金半額とサービスも充実

北京紫光影城

 所在地:北京市朝陽区朝外大街10号藍島大厦西区5~6階

電話:010-65992922

アクセス:地下鉄2号線朝陽門駅A出口から東へ徒歩15分、10号線呼家楼駅D出口から西へ徒歩12分

 

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2012年8月21日

 

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