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広州とイマドキの若者『呼吸正常』

 

文・写真=井上俊彦

中国映画を北京市民とともに映画館で楽しみ、そこで目にしたものを交えて中国映画の最新情報をお届けするという趣旨でスタートしたこのコラムも5周年を迎えることができました。中国社会がモノを消費する時代からサービスを消費する時代へと変化する中、この5年間で年間興行収入は130億元から440億元に急拡大、郊外や地方都市にもシネコンが続々開業して全国的に娯楽の定番となりました。その間にネット予約が当たり前になるなど、映画を楽しむスタイルも変化しています。そうした周辺事情も含めて中国社会の発展をよく映し出す映画は、日本人の私たちが中国を理解する一つの窓口にもなると思います。6年めもできるだけたくさんの映画をご紹介したいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです。

 

北京国際映画祭が開幕

北京国際映画祭が始まりました(4/16~23)。普段劇場ではなかなかお目にかかれない作品に出会うチャンスですので、私も楽しみにしていました。チケットは特定のサイトで販売されているということで、さっそく会員登録をして面白そうな新作中国映画を探しました。慣れないページと格闘して作品情報、上映情報を調べているうちに時間を浪費し思うようにチケットを獲得できませんでしたが、それでもなんとか国産映画は3作品確保しました。これまでに2本鑑賞しましたが、いずれも見応え、見どころのある意欲作で、出かけた甲斐がありました。

そのうち、『呼吸正常』は映画評論家として知られる雲中(李雲波)が撮影に1年以上をかけて制作した初監督作品で、月曜日18日がプレミア上映でした。2014年から翌年にかけての広州の街を舞台に、3人の20代前半の若者の物語と1人の30代男性のサイドストーリーで構成されています。ふとしたことで知り合った3人はそれぞれに問題を抱えています。青島出身の小張は仕事も彼女も失って落ち込んでいます。“ストーカー”こと阿浩は「富二代(金持ちの息子)」で何不自由ない暮らしをしていますが、好きな女の子に告白もできず後をつけるだけです。そしてごく普通のサラリーマン阿洪は付き合っている彼女がいるのに別の女性にどんどん引かれていきます。3人は互いに批判し合いますが、自分の問題の解決にはあまり積極的ではありません。それでもやはり問題を意識し、彼らなりのやり方で自分が本当にどうしたいのか探っていきますが……。

 

 

『呼吸正常』上映前、中国電影資料館のロビーは若者でいっぱいだった 

映画祭指定上映館のプレート 

 

 

大都市に生きる若者の憂鬱

大きなドラマがまったく起きない作品ですが、一方で、イマドキの高学歴青年が直面する問題を見事に描き出しています。また、ショートメッセージで1本で恋愛関係が終わる、カラオケでフツーに英語曲を歌う、無印良品でショッピング・デートするなどといったディテールに、中国の都市に暮らす若者の現実をよく反映させています。街角で遠距離から人物を捉えたり、川を行く船から広州の街を見上げるカメラワークなど、一つ一つが丁寧に作られており、大きな展開のないストーリーなのに飽きさせません。上映後に行われた映画評論家数人によるトークでは、雨の多い街を捉えた画面の質感などから、エドワード・ヤン(楊徳昌)をイメージさせるとの指摘がありましたが、私はジャ・ジャンクー(賈樟柯)監督の初期の作品をイメージしました。社会の片隅で生きる若者たちの自分探しを、ドキュメンタリーのような冷静さで描いています。

満たされない、あるいは自分が何をしていいか分からない、悶々とする若い男性が何人も出てくる作品なのに、殴り合いのシーンがないのも面白いと思いました。一緒にいながら感情をぶつけあうことなく、それぞれが自分の中でもがくのです。このあたりが、爆発したり投げやりになったりする場面が多い最近の青春回顧ものと大きく異なっています。そして、悩める20代前半の若者と対比するように、30代の男性が登場します。3人の「仕事や恋愛がうまくいかない日常」が淡々と進む中、たびたび彼らとすれ違うのは、天文台勤務を辞めてしまった自称芸術家の男です。3人とは対照的に饒舌で、見合い相手に、天文学と芸術を結びつけた彼独特の哲学を滔々と語りますが、科学や哲学用語満載の話は実にユニークで、示唆に富んでいます。その面白さに、観客は何度も笑い声を上げていました。月曜日の朝10時からの上映に600人収容のホールが満席でしたが、多くは映画を学んでいる学生や雲中フォロワーなのだと推測しました。北京には映像表現やメディアについて学ぶ学生が多数います。映画祭上映はそうした学生の学習機会にもなっているようです。同じ映画祭でも、サンダル履きのおじさんも多い上海国際映画祭とはいささか雰囲気が違いました(もちろん、上映作品にもよりますが)。

 

『呼吸正常』舞台挨拶のもよう  イベント終了後には出演者が学生と交流する姿も見られた 

 

そして、翌日火曜日の退勤後には『三伏天』という、赤ん坊を連れて失踪した夫を探す女性の物語を見ましたが、これも心に残るものがありました。主人公の行動や心の動きはとても中国の女性的だなあと思って見ていたのですが、上映後のティーチ・インに登場したのはなんとジョーダン・シール(Jordan Schiele)という若いアメリカ人の監督で、流暢な中国語で司会者の問いかけに答えていました。香港映画の監督パン・ホーチョン(彭浩翔)がプロデュースを担当し、ロウ・イエ(婁燁)監督の『推拿』にも出演したホアン・ルー(黄璐)、ジャ・ジャンクー監督の『罪の手ざわり』にも出演したルオ・ランシャン(羅藍山)らが出演しています。

 

 

【データ】

呼吸正常(Something in Blue)

監督:リー・ユンボー(李雲波)

キャスト:チャン・シンチャオ(張興超)、イエ・ルイホン(葉鋭洪)、チョウ・ジアホン(周嘉亨)、リー・ホイ(李会)

時間・ジャンル:107分/ドラマ

公開日:2016年4月18日(映画祭上映)    

 

 映画祭専用チケットと発券機

 

中国電影資料館

所在地:北京市海淀区小西天文慧園路3号

電話:010-86016860

アクセス:

 地下鉄2号線積水潭下車、A口を出て北へ4分
 

 

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 
 
 
人民中国インターネット版 2016年4月21日
 
 

 
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