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全編彝語の作品『我的聖途』

 

文=井上俊彦

中国映画を北京市民とともに映画館で楽しみ、そこで目にしたものを交えて中国映画の最新情報をお届けするという趣旨でスタートしたこのコラムも5周年を迎えることができました。中国社会がモノを消費する時代からサービスを消費する時代へと変化する中、この5年間で年間興行収入は130億元から440億元に急拡大、郊外や地方都市にもシネコンが続々開業して全国的に娯楽の定番となりました。その間にネット予約が当たり前になるなど、映画を楽しむスタイルも変化しています。そうした周辺事情も含めて中国社会の発展をよく映し出す映画は、日本人の私たちが中国を理解する一つの窓口にもなると思います。6年めもできるだけたくさんの映画をご紹介したいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです

 

聖地を訪ねる若者が出会う苦難

1920年代の四川省大涼山地方を舞台に、彝(イ)族の若者の旅を描いた物語を見ました。彝族は中国の56民族の中でも比較的大きく、800万人以上が主に四川・雲南・貴州・広西などに住み、ビルマ語に近いとされる独自の言葉を話し、独自の表音文字も持ちます。……というのは資料で調べて分かったことで、実は映画を見るまで、私には彝族に関する知識は全くありませんでした。

伝説の白い聖地を訪ねて出かけたままだった父に、ダイが初めて会ったのは8歳の時でしたが、その時父はすでに死んでいました。彼は父の願いをかなえるため祭事を司るビモとなり、23歳になると父の足跡をたどって聖地を求める旅に出ます。旅の途中で病気の農民を助けた彼は、その娘のアジと次第に心を通わせるようになります。ところが、アジを嫁にほしいという金持ちがいて、旅の途中のダイは悩みます。そんな時、族長の娘アゴとアジの兄との間に事件が起こります……。

彝族の宗教は、自然崇拝、祖先崇拝を中心としたもので、ビモは彝文字で記された経典を読むことができ、儀式を司ったり、占いをしたり、病気を治したりします。そのビモの青年が、自らの人生の目標に向かう途中で出会った人々との交流を通じて、人の世界の愛や許し、欲や憎しみを悲劇的に体験する様子が描かれています。

映画を通じて知識のなさを痛感

作品は全編彝族の言葉で話されており、普通話の字幕が付けられていました。いつもは耳で聞いた音を字幕で確認するのですが、聞こえる音と文字がまるでシンクロしませんので、私にはなかなか難度の高い鑑賞でした。

ストーリー展開やカメラワークには、特に新鮮なものはなく、驚くような視点の提示もありませんが、なかなか骨太な作品に仕上がっています。物語は、少数民族ものにありがちな民族の融和を訴えたものでもなく、伝統文化と現代文明の矛盾問題を描いたものでもありませんでした。使命感と個人の幸せ、理想と現実の間で揺れ動く青年の心、社会と個人の価値観の衝突などが描かれているのです。「私は人のために良かれと思って行動し、人々をますます不幸にしてしまう」と嘆く若者が、最後にはやはり聖地を求める旅を続けるという展開に静かな感動を覚えるのは、誰の人生にも通じる普遍的なテーマが込められているからかもしれません。熱演を見せているダイ役の諾布釷呷は、大涼山に生まれた彝族の俳優で、上海戯劇学院演技科卒業の経歴を持ち、これまでにも多くの映像作品や舞台への出演経験があります。もちろん、彝族の言葉を自由にあやつります。それから、とにかく大涼山の景色が美しく捉えられており、よく21世紀にこんな自然が残っているなとため息が出ました。

作品を見終わってから彝族に関する情報をネットで調べて、物語の中の出来事の背景にあるものがいくつか理解できました。ビモの役割や彝族内の身分関係など、最初から分かっていればもう少し深く鑑賞できたのにと悔しく思います。これまでに、日本ではなかなか見られないモンゴル語の作品やウイグル語の作品を見て、民族ものについて多少理解したつもりでしたが、とんでもありませんでした。まだまだ知らないことばかりのようです。

この日の上映は北京中でこの映画館の1度きりで、ロードショー最後の日とあってか、ホールは満員でした。中高年から若者までさまざま観客がいましたが、端の席に座る私の傍らを全く聞き取れない言葉で会話しながら通り過ぎた中高年グループもありました。これがたぶん彝族の人々の言葉なのでしょう。また、私の前に座った夫婦と思われるカップルは、男性が女性にしきりに習俗などについて説明していましたので、男性だけが彝族だったのかもしれません。

なお、私には彝族の人名の読み方が分かりませんので、キャスト名は漢字表記と声調記号なしのピンインの表記とさせていただきます。

 

【データ】

我的聖途(Looking for the Holy Land)
監督:チャン・リー(張蠡)
キャスト:諾布釷呷(Nuobutuxia)、ココ・タオ(陶多多)、曲木古火・秋風(QuMuGuHuo QiuFeng)、馬嘿・阿依詩莎(MaHeu AYiShiSha)
時間・ジャンル:120分/民族・愛情・ドラマ
公開日:2016年11月3日

【データ】

北京紫光影城
所在地:朝楊区朝外大街10号藍島ビル西区5階
電話:010-65992922
アクセス:地下鉄6号線東大橋下車A口を出て交差点斜向かい2番目のビル

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プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2016年11月16日

 

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