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周冬雨が演技全開!『七月与安生』

 

文=井上俊彦

中国映画を北京市民とともに映画館で楽しみ、そこで目にしたものを交えて中国映画の最新情報をお届けするという趣旨でスタートしたこのコラムも5周年を迎えることができました。中国社会がモノを消費する時代からサービスを消費する時代へと変化する中、この5年間で年間興行収入は130億元から440億元に急拡大、郊外や地方都市にもシネコンが続々開業して全国的に娯楽の定番となりました。その間にネット予約が当たり前になるなど、映画を楽しむスタイルも変化しています。そうした周辺事情も含めて中国社会の発展をよく映し出す映画は、日本人の私たちが中国を理解する一つの窓口にもなると思います。6年めもできるだけたくさんの映画をご紹介したいと思いますので、お付き合いいただければ幸いです

二人の女性の濃厚な交流

中秋節の連休中に衝撃的ニュースが入ってきました。俳優で歌手のキミー・チャオ(喬任梁)が自宅で事故死したのです。詳しいことは分かりませんが、うつの治療をしていたとも報道されています。ジン・ボーラン(井柏然)らと並んで将来が大いに期待されていたイケメン俳優で、まだ28歳という若さでした。実はこのコラムにも縁が深く、第1回で紹介した『戒煙不戒酒』、そして前回紹介の『我們的十年』にも出演していました。それだけにとても残念です。ご冥福をお祈りします。

中国らしく、中秋節にはあのファストフード店にもこんな飾り付けが

さわやかなこの時期は何をするにも良いとされており、結婚式シーズンでもある。映画館のそばでは花嫁を迎える結婚式の赤い車列も

さて、その連休中には映画をまとめ見しましたが、面白い現象を目撃しました。同じ映画館で『七月与安生』『追凶者也』を続けて鑑賞したのですが、観客の傾向がまったく異なっていたのです。どちらもかなり席は埋まっていたのですが、前者は圧倒的に若い女性が多く、一人で来ている女性もいました。一方後者はほとんどが若い男性でした。カップルや家族客が多い中国の映画館で、これはかなり印象的な光景です。曹保平監督の『追凶者也』は前作『烈日灼心』同様、極めてホモソーシャルな世界観で、男性客が多いのもうなずけます。主演のリウ・イエ(劉燁)の演技力についてはみなさんご存じと思いますが、悪役のチャン・イー(張訳/『山河ノスタルジア』など)も体を張った見事な演技を見せています。前作に比べると笑いの要素も多く、スピード感あふれる演出で観客をぐいぐい引っ張っていくタイプの作品でした。一方、『七月与安生』は少女の頃から27歳までの二人の女性の濃厚な交流を描いており、友情、嫉妬、裏切り、許しなど複雑な女性の心が交錯する展開に、館内を埋めた女性客たちは涙をぬぐっていました。

1990年代後半の地方都市・江蘇省鎮江市の中学校で、育った家庭環境も個性もまったく違う二人の女の子が出会います。ある事件をきっかけに意気投合した二人は親友になり、いつも一緒に行動するようになります。関係は林七月(マー・スーチュン)が地元一番の進学校に、李安生(チョウ・ドンユィ)が職業高校に進学した後も続きますが、七月が同じ学校の同級生蘇家明(トビー・リー)を好きになったことがきっかけで、天真爛漫な仲良しの二人の関係に微妙な影がさし、波乱の10年が始まるのでした……。

若い演技派女優が若い女性たちの涙をしぼる

二人の少女は、互いに相手の自分とまったく違った個性を愛し、家族同様に思いやり、時に嫉妬し、相手の持つものを奪おうとさえします。そうしたストーリーの中で、内面に複雑な葛藤を抱えながら、自由気ままに生きている風を装う女性をチョウ・ドンユィが熱演しています。同じ周姓の先輩女優・ジョウ・シュン(周迅)を彷彿させるという映画評もあったほどです。私も彼女の出演作はいろいろ見てきましたが、デビュー作の『サンザシの樹の下で』以来の彼女の演技力全開作品だと思います。一方で、その演技を「受ける」マー・スーチュンにも注目したいところです。『ひだりみみ』では奔放に見えて実は純粋な少女を演じた彼女ですが、今回の作品では抑制のきいた演技で「いい子」を演じています(後半に大きな見せ場もあります)。若く演技力のある二人がそろって、この作品が成り立っている気がします。

最近街角ではレンタサイクルをよく見かける。これは、ケータイのアプリ機能によって自由に使え、どこでも乗り捨てられるもので、9月からサービスが開始され爆発的な人気になっている

CBDエリアは北京でも最もおしゃれなビジネス街で、最近はドラマや映画でよく舞台になっている。この日も近所では何かの撮影が行われていた

原作はアニー・ベイビー(安妮宝貝/現在は慶山と改名しています)が1998年に発表した小説ですが、映画では時代を後ろにずらし1983年生まれの女性たちの物語にしています。監督は、香港の有名俳優エリック・ツァンの息子で、俳優や脚本家、監督として幅広く活動しています。

ただ、二人の主人公がいるため、安生が過去を振り返る形もあれば、カメラが第三者的な目線でとらえる部分もあり、七月目線の展開もありました。見ていて誰の視点で見ればいいのか、少々戸惑う部分もあったのも確かです。原作を読んでいないので偉そうなことは言えませんが、もう少しはっきりした演出をしてもよかったかもしれないと感じました。ただ、監督は彼女たちの演技力をよく引き出しており、そのために演出が後ろに引っ込んだ感じがするのかもしれません。ロケ地の鎮江の景色も美しく、2000年代前半の北京の時代感もよく出ていました。部屋に並ぶ小物まできちんと時代考証してあり、一部のカットは有名作品へのオマージュではないかとも言われて話題になっています。二度目に見に行ってそれを確認するファンも出現しているようで、こうした点のきめ細かさからも、監督の力量は感じました。

【データ】

七月与安生(Soulmate)

監督:デレク・ツァン(曽国祥)

キャスト:チョウ・ドンユィ(周冬雨)、マー・スーチュン(馬思純)、トビー・リー(李程彬)

時間・ジャンル:110分/愛情・ドラマ

公開日:2016年9月14日

朝陽劇場は1984年に建てられた歴史ある劇場で、雑技のメッカとして知られるが、六つの小ホールもあり常時映画上映が行われている

外観は歴史を感じさせるが、小ホールは新しく座り心地のいいシートとなっており、音響も最新のシネプレックスに遜色ない

 

北京朝陽劇場

所在地:北京市朝陽区東三環北路6号 

電話:010-65011555

アクセス:地下鉄6、10号線呼家楼駅C口下車すぐ

 

プロフィール

1956年生まれ。法政大学社会学部卒業。テレビ情報誌勤務を経てフリーライターに。

1990年代前半から中国語圏の映画やサブカルチャーへの関心を強め、2009年より中国在住。

現在は人民中国雑誌社の日本人専門家。

 

人民中国インターネット版 2016年9月19日

 

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