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『転山』監督 杜監督独占インタビュー

 

文=賈秋雅 写真提供=北京太合環球影業

杜監督 (写真・単涛)

杜家毅監督は、幼いころ、父親に連れられ映画の撮影現場を見学したことがある。いつも見慣れた上海の風景が現場では撮影のために一変していた。以来、映画は彼の生涯を賭ける夢となったのだという。

役者、脚本、プロデューサーを経験し、いつも自分の映画を撮りたいと願い続け、2011年10月24日、初監督作品『転山』が第24回東京国際映画祭においてついに公開された。杜監督に、同作品について聞いた。

 

普通の人の叙事詩

「シンプルな物語を語り、シンプルな映画を撮り、シンプルな人となる」と初作品を仕上げた杜監督は言う。「これは普通の人の叙事詩、普通の人の成長の物語です。すべての人が成長の過程で苦難を経、また希望を見出していく。ひたすら強く、自分を信じ続ければできることです」

 

30歳の贈物

──なぜ、『転山』を処女作品に選んだのでしょうか?
『転山』ポスター

映画監督という職業は宿命的だと思います。そのためにいくら苦心しても、ふさわしい時期が到来するわけではない。2007年、私は映画によく似た経験をしました。自分の30歳の贈物として、友達とともにチベット旅行にでかけ、途中、夜、梅里雪山を越えました。その後、陳国富・エグゼクティブ・プロデューサーと雑談をしていたおり、彼が私に、君の話にとてもよく似た小説がある、見てみたら、と教えてくれたのです。読み終わって、深く感動し、物語をスクリーンに生かしたい衝動が沸きました。私はいつも「見込みがそれほどない」ことをしたい性格なのです。そうすると、生活にいつも未知の感覚が生まれます。あまりいろいろ考えず、『転山』を選びました。勢いに従ったのです。

 

シンプルな映画と人間

──シンプルな映画を撮り、シンプルな人となる、とおっしゃいますが、この映画はシンプルだと思われますか?

シンプル、とてもシンプルです。チベットでの撮影の日々、私とすべてのスタッフの頭にあったのは、ただ「生存」と「仕事」だけでした。全員が天と地の間にいて、自然と戦い、自分と戦っていました。私はよく「目を開けろ、閉じたら終わりだ」と言っていました。でも、チベットでの撮影の日々を享受していました。それは、ひどくシンプルなもので、あのころ私たちはただこの映画のためだけに生きていました。都会に戻ったとたん、その焦点は失われたのです。

 

真の力は信念から

──東京国際映画祭での上映は日本の観客に何をもたらすでしょう?

『転山』は人生の道程のように、喜び、苦痛、困難、希望、すべてにめぐり合います。けれど自分が強くあれば、大丈夫です。国家も同じように成長の過程があり、「転山」があり、苦難があり、それを乗り越え、強く生き続けます。

『転山』スチール

もし、映画が幸いにも観客に与えうるものがあるとすれば、私はそれが希望の力であることを願います。真の力は一人ひとりの心の信念にあり、本当に信じてさえいれば、実現します。

 

音楽で語る「転山」

──映画の音楽は、時には近く、時には遠く、情熱的であり、物寂しくもあり、観客を映画のなかに誘い込むようです。日本の著名なミュージシャン、大島ミチル氏を選んだ理由は?

私は台本を超越して、音楽を用いて世界を見る人を探したいと思っていました。日本人は自然に対し、特殊な敬意を抱いています。大島さんは、心の内から沸きあがるパワーをもっています。彼女を通し、別のアングルから『転山』のエピソードを語ることができます。

 

日本との縁

──本作品以前に、日本の映画人との合作の経験は?

大島さんが、日本の映画人との初合作になります。また以前、私が『花の生涯~梅蘭芳』(監督/チェン・カイコー)のプロデューサーを担当した時に、日本の映画会社のサポートを受けています。

──『狙った恋の落とし方』(監督/フォン・シャオガン)『ドララ昇職記』(監督/徐静蕾)は中国人の訪日旅行ブームを巻き起こし、それによって日本人にもよく知られています。監督は、今後、日本と関係する映画を撮る予定はありますか?

私はとても日本が好きで、北野武、黒澤明、伊丹十三など日本の映画監督、俳優も大好きです。もっとも好きな映画は、『ロスト・イン・トランスレーション』(監督/ソフィア・コッポラ)です。外国人が撮った映画は、日本人の賛同は得られないかもしれませんが、日本の、また別の真の姿である可能性があります。

私は日本の書道が好きで、日本文化のなかに完全な形で残された中国の古代文化もとても好きです。もし私の撮影する物語が必要とするならば、日本での映画撮影のチャンスが訪れることを希望しています。

『転山』スチール

観客の拍手が最大の賞

──「東京 サクラ グランプリ」について期待は?

もし受賞できれば、映画のためにそれを喜びたいと思います。それは作品の栄誉です。また自分のために嬉しいです。自分の仕事が他人の賞賛を得たということですから。

もし、ダメでも、食事をし、眠り、次の日は普通に仕事します。気にしません、プロセスが結果より重要ですから。

監督が映画を撮るのは、コックの料理と同じで、おいしいと思ってくれる人が多ければ多いほど、いい。より多くの観客にこの映画をみてもらいたい。観客の拍手が最大の賞です。

『転山』スチール

終わりに

映画の編集作業が最終段階に近づいた時、杜監督は、趙暁川の最後のセリフのなかに「僕は生き返った。けれど体には7本の釘がある」を加えた。この言葉を加えた日、杜監督は交通事故にあい、「7本の釘」が本当に彼の体内に突き刺さった。監督は笑いながら、それはいいことで、苦痛の価値を知らされた、という。この深い体験は、さらに映画を解き明かすきっかけになった。それはつまり、幸福は人を盲目にさせ、苦難は人を強くするということだという。

映画のなかに、張書豪が意識不明になり、絶体絶命に陥った時、白いユニコーンが現れる。ユニコーンが向かう先には、春が訪れ、枯れた花が咲きほこり、宮崎駿の『もののけ姫』に登場する神々を連想させる。

けれど杜監督は、宮崎駿を知らず、神も知らないといい、まったくの偶然の一致である。映画のなかのユニコーンは3D特殊効果であり、その原型は、シャングリラの神牛である。それは、チベット族の信仰のなかの神獣、白いヤクで、希望を代表し、私たちの心のなかの映画の化身である。

おそらくこの偶然によって、多くの日本人がより『転山』に感動することになるだろう。

 

人民中国インターネット版 2011年10月26日

 

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