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カボチャの種を食べながら

 

茶芸館でくつろぐ外交学院の中国人学生たちと筆者(中央)

本田恵美

1975年3月、熊本県生まれ。2006年、名古屋大学、博士(文学)学位を取得し、2007年4月から中部大学人文学部の専任講師。専門分野は平安文学。

 

夏はカボチャの美味しい季節である。以前からカボチャを切るたびに、この種を捨てるのはモッタイナイと思っていた──。

2009年夏、交換教員として北京・外交学院に派遣されることになり、数年ぶりに中国への渡航機会が与えられ、24日間滞在した。

思い起こしてみると、私と中国の最初の出会いは1996年夏である。書道の教員免許取得のために展覧会での入選が課され、名跡鑑賞の授業が必修で、半ば強制的に書道部の仲間と中国へ飛び立つことになった。観光もしたのだけど、一風変わった指導教授の立案で、書の交流会や名跡鑑賞はもちろんのこと、移動は普通のツアーのような観光バスではなく、庶民が乗る電車や庶民料理など、普通ではなかなか体験できない旅を堪能することができた。湖南・湖北省などを巡る旅だったと記憶している。

2001年春、大学院の卒業旅行で北京に再び降り立った。その時は、フリープラン付きの旅行で、北京に留学していた友人が案内をしてくれ、万里の長城や故宮などの世界遺産や上海・杭州・蘇州の辺りを巡った。2003年夏は台湾・香港・マカオ(澳門)を観光。2006年秋には学会で台湾へ。振り返ってみると、私は定期的に中国に渡航している。中国は、一度行くと好きになるか嫌いになるか両極端な国だと思うが、私の場合は虜になってしまったようだ。

中国人は、ヒマワリやカボチャ、スイカの種をよくつまんでいる。その様子を目にするたびに器用だなと思う。種の食べ過ぎで前歯が欠けている中国人もいるという話を聞いて思わず苦笑してしまった。

私はというと、ヒマワリの種のほうは食べることができるようになったのだが、まだまだ修行が足りず、口の中で種と殻を分けることなどできない。

私の課題はカボチャの種だ。ヒマワリの種よりも中の種が薄く平べったいので、なかなかきれいに殻を剥くことができない。学生にコツを聞きながら何度も練習した。初めのうちは殻を剥くのに必死で、味を味わったりお茶を楽しんだりする余裕などない。

お土産に買って帰って根気よく練習をし、ようやく塩味のカボチャの種が美味しいなと感じる頃には袋の中身はもう空になってしまっていた。味付けも数種類あるようだが、今度中国に行った時には、前歯が欠けない程度に、別の味にも挑戦してみたい。

今回の滞在中、中国人と日本人との違いを考える機会も多かった。大それたことは言えないが、中国は時間の流れがとてもゆっくりで、人生を楽しんでいる人が多いように思う。もちろん個人差はあろうが、公園を歩いていると、円陣を組んで楽器を演奏し大合唱をしていたり、マイ・マイクを持ってのカラオケやダンス、羽根けり、バドミントン、将棋など、とても楽しそうだ。

夕涼みの時間帯にはどこからともなく人が溢れ出てくる。大声でガハハと笑い、喧嘩をし、ちっぽけなことは全く気にしない。対する日本人はというと、悠長にカボチャの種を食べたり、見ず知らずの人と楽しく話をしたりする心の余裕はないのだろう。そういう私自身も日々の生活に追われ、馬車馬のように働く毎日である。カボチャの種を食べながら中国人の「すごさ」に触れた夏であった。

 

【おすすめスポット】
慈寿寺塔(玲瓏塔) 北京の海淀区八里荘慈寿寺跡にある明代に建てられた八角十三層の玲瓏塔で、内部には仏像も安置されており、閑静なたたずまいを見せている。もとあった慈寿寺は清代に消失。残った塔の周りは公園として整備されている。

 

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