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上海特訓クラス

ジャスロン代表 笈川幸司

長楽職業学校と中華職業学校、そして春秋航空のスチュワーデス(CA)さんを相手に特訓クラスを開講した。これまで、北京、大連、西安で、わたしを慕って参加してくれた学生たちに向けた特訓クラスだけをしてきたものだから、やる気のない学生たち(担任教師より)に向けた特訓に、最初は戸惑ってしまった。もちろん、職業高校のことは事前に知らされていたからある程度の心構えはできていた。しかし、若い彼らの気持ちをコントロールするのは、想像以上に難しい作業だった…。

彼らは全員高校一年生。中国の高校といえば、大学受験を目指し、朝から晩まで勉強に明け暮れるイメージしかない。少なくとも、わたしはそう思っていたし、わたしの周りにいる大学生たちの高校時代はほとんどそういうものだった。

しかし、そんな世界とはひと味違った人生を歩む若者がいる。中学卒業時には完全に「勉強アレルギー」になり、英語を見るだけで本当に蕁麻疹が出てしまうような若者たちだ。そして、日本語なら子どもの頃からアニメを見てきたし、ちょっと勉強しただけですぐにマスターできるだろうと短絡的に考えてしまう若者たちだ。

しかし、ほんのひと月でその浅はかな考えが単なる幻想だと気づき、厳しい現実を知ることとなる。やっと逃げられると思った矢先、一度失った希望をふと見出した瞬間に再び暗闇に身を置くことになる。

高校の校長先生から、「彼らには希望がない。救ってほしい」と依頼された仕事だ。時間は3日間。朝から晩までとは言っても、彼らを救い出すのに十分な時間とはいえない。そこで思いついたのは、「つまらないと思われている日本語の授業を、たった3日間だけで良いから、楽しくやった!という思い出を作ってあげよう」というもの。

彼らの中で、一生日本語を使って仕事をする人がどれだけいるだろうか。もし、ほとんどが日本語を捨てて生きていったとしても、たった3日間、本気で頑張ったという記憶さえあれば、彼らはきっと日本語を嫌いにならずに生きていってもらえるはず。わたしは、ちょっと躊躇したが、実際に引き受けてよかったと思っている。

今回、わたしがやったこと。おそらく、参加者全員が最初に思いつくのは、わたしが彼ら全員を立たせて授業を進めたことだろう。職業高校の学生は、ものごとに集中する時間が短いと教えられた。実際、たった10分間話に集中することができないというのがわたしの率直な感想だ。では、10分以内に何をするか。10分以内に立ったり座ったり、何か変化を彼らに与えることが必要だと考えた。座って勉強するのは当たり前だが、特訓を通し、座って勉強することがどれほど幸せなことか、知ってもらいたかった。

ただ、立ちながら勉強することに慣れてくると、彼らは再びだらけ出す。そこで考えたのは、エアコンを止め、扇風機を止めるというもの。エアコンの入った涼しい教室で勉強することが、どれほど幸せなことかを知ってもらいたかったからだ。

午前3時間、午後3時間、3日間で18時間をすべて10分単位で区切り、新しいことを勉強する。そして、やり方も変えていく。先ほど述べたように、立ったり座ったり、朗読させたり、暗記をさせたり、舞台に立たせてパフォーマンスを披露させたり…。

さて、立たせたり座らせたりするにはきっかけが必要だ。わたしが一番気を配った部分はここにある。常に180人を見渡し、授業に集中していない学生を探した。見つけると、わたしは悲鳴をあげ、「一人の責任は全員の責任だ」と叫び、全員を立たせる。ある学生は、「一人のミスは、全体を代表するものではない」と文句を言った。

わたしは、「わたしたちは全員仲間だ。仲間のミスはわたしたち全員のミスだ」と叫び、「これは間違いなく、全体責任だ」と主張した。いや、ほんとうはそんなことはどうでも良かった。10分に一度変化をつけるきっかけが欲しかっただけなのだ。

それから、もうひとつ。わたしの特訓の特徴は、ただただ繰り返させる。普通、繰り返しは2度か3度。それ以上授業で繰り返し練習させる教師をわたしは見たことがない。わたしの場合、繰り返しを最低10回行う。それでも流暢に読めないセンテンスが出てきた場合には50回でも100回でも行う。時間も労力も惜しまない。しかも、繰り返しは、センテンスの繰り返しに留まらず、授業の最後にも、翌日の授業の最初にも必ず行う。3日目には、繰り返すべきセンテンスが山のように積もっていた。

このような学習体験は、彼らにとっては初めてのことだったかもしれない。しかし、繰り返しこそが、彼らを取り巻く「澱んだ世界」から抜け出せる唯一の方法だ。たった3日間だったが、彼ら全員が変わった。校長先生を始め、お越しくださったすべての先生方が、こちらが恥ずかしいと思うほど感激してくれた。

 

笈川幸司のご紹介

 

人民中国インターネット版 2012年6月

 

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