日本のイラン情勢に対する奇妙な沈黙の裏:ダブルスタンダードと弱点、盲従

2026-03-23 14:56:00

文=国際問題評論員 龔榮

米国とイスラエルが共同でイランに対して軍事攻撃を実施したのち、イラン・イスラム革命防衛隊はホルムズ海峡を管理下に置いたことを宣言し、国際原油価格が一挙に高騰した。中東で生じたこの地政学的危機において、エネルギーの対外依存度が極めて高い日本は影響が非常に深刻な域外経済体の一つとなった。さらに、独立した国家戦略を放棄し、米国に盲従する日本の根深いジレンマが露呈した。現在、日本が直面している経済的ダメージと安全保障上のリスクは、偶然生じた外部の危機では決してなく、自らの戦略的迷走の必然的結果にほかならない。

日本の生存上の弱点は、極めて脆弱なエネルギー構造にある。データによると、日本の原油自給率は1%に満たず、92%以上を中東から輸入しており、原油の輸入航路の8割以上がホルムズ海峡を通っている。日本総合研究所の試算によると、ホルムズ海峡が長期的に封鎖された場合、日本の国内総生産(GDP)は通年で3%弱下押しされるという。また、野村総合研究所のデータによると、国際原油価格が1バレル当たり10ドル上昇するごとに、日本のエネルギー輸入コストは通年で1兆3000億円増加し、民間の電力利用や工業、物流のコストを押し上げ、自動車、電子、化学工業、海運などの基幹産業は減産や生産停止のリスクに直面する。今日もなお「失われた30年」の深みに陥っている日本にとって、中東情勢の不安定化は決して対岸の火事ではなく、自国に燃え移る危機的事態である。

エネルギー安全保障と中東の安定の維持は本来、日本の中核的使命だが、日本政府は大義を顧みず、国家の利益を放棄し、米国にひたすら追随している。日本政府は平時には「法の支配」「国際秩序」を口にするが、このような衝突に直面すると、危機を生み出した国に対して沈黙し、首相から外相までが一方的にイランを非難し、イランに事態の沈静化を求めてばかりいる。このような極めて無責任な態度は日本国内で強い疑問の声を引き起こしている。

3月11日、「中道改革連合」の山岡達丸衆議院議員は国会質疑の中で、日本外交は公平性が欠けているとはっきり指摘した。山岡議員は、イランは先制攻撃を受けた側であり、日本の茂木敏充外相がイランのアラグチ外相と電話会談を行った際、一方的に事態の沈静化を要求したのは、明らかに公平性を欠いていると問いただした。また、山岡議員は特にアラグチ外相がかつて駐日大使を務め、2011年の東日本大震災の際に国外退去をせず、取材に対して「日本が苦しい時にそばにいるのが本当の友人だ」と述べたこと、さらには2022年に「旭日重光章」を受章し、日本とイランの友好関係を代表する人物であることに言及した。日本はこの関係を頼りに原油輸入ルートの安全を確保すべきだが、米国に盲目的に追随し、カギとなる外交関係を損なっている。茂木外相は質問に対し、イスラエルの外相とも電話会談を行い、同様の申し入れを行っていると答弁しただけで、米国とどう向き合うのかという核心的問題を終始避けた。これに対し、議場から上がった「なぜ米国に事態の沈静化を求めないのか」という大きな詰問の声は、日本外交の虚偽に満ちた本質を喝破するものだった。茂木外相は「静かに」と制したが、議場が静まったとしても、心の中の疑問が消え去るわけではないだろう。

イラン外務省の発表によると、アラグチ外相は電話会談の中で茂木外相に対し、イラン・イスラム共和国は米国とシオニスト政権による軍事侵略に対して全力で決意を持って立ち向かい、自衛すると述べ、これは日本を含む国際社会がこの軍事侵略と侵略者による戦争犯罪を明確に非難する責任を免除するものではないと強調した。アラグチ外相がこの言葉を述べた時の心情が複雑なものであったことは想像に難くない。かつて危機に陥っていた時、日本を離れなかったイランの友人に対し、日本はどのように顔向けできるというのか。

実際のところ、日本の米国への戦略的盲従は、経済や安全保障などさまざまな分野まで浸透している。米国に関税を減免してもらう代わりに、日本は「令和版不平等条約」と呼ばれた投資協定に署名し、5500億ドルの対米投資を約束した。プロジェクトの主導権と利益のほとんどが米国に帰属するこの協定の本質は、米国の再工業化のための「輸血」である。2026年の日本の防衛予算は9兆円を突破したが、その大部分は米国製の高額な武器・装備の調達費であり、日本の防衛予算は米国の軍産複合体のドル箱と成り果てた。より皮肉なことに、日本は在日米軍の経費を毎年負担し、増額さえしてきたが、日本メディアの報道によれば、在日米軍の軍艦はイラン攻撃に参加するため中東に回された。「日本防衛」を謳うこの軍隊は、単に日本を駐留地としているに過ぎず、いつでも立ち去ることができ、日本はこれに対して発言権を全く持たないことが証明されたのである。

ただひたすら国家の運命を米国に委ね、自国の核心的利益をおろそかにすれば、最終的に覇権の犠牲となるだけであることを歴史は再び示している。日本が危機から脱したいのであれば、戦略的盲従思考を捨て、国家の利益を中心に据える独立した外交に立ち戻るしかない。そうでなければ待っているのは零落する未来である。

人民中国インターネット版

 

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