北京大学の食事情

2020-10-26 16:06:21

馬場公彦=文

北京に赴任する前、懸念していたことは、現地で太ってしまうことだった。中国料理は脂っこくて、量が多くて、しかもおいしい。かといって和食で通すのは郷に入っては郷に従う信念に背くから、日本からはインスタントのみそ汁とふりかけ以外、食品は持参しなかった。

半年後、一時帰国して健康診断を受けてみると、体重は変化なし、消化系統・循環器系統は1年前の日本での数値より改善していた。少食を心掛けていたわけではない。和食料理店に行ったのは連れて行ってもらった3、4回くらいしかない。持参した保存食も余ったくらいだ。

朝の隔日のジョギングが功を奏したのかもしれないし、北京での朝食は饅頭にせよ稀飯(かゆ)にせよ、油条(ねじり揚げパン)を除けば油料理は少ない。何より3度の食事を規則正しく摂取し、夕食から就寝までの時間が長いことが大きい。食事は3食とも北京大学内の学生食堂で取ることが多い。学内に清真食堂(イスラム教徒用食堂)や西餐(西洋料理)含め10カ所ほど食堂があり、時間は場所によって多少前後するが、朝7時から8時半、昼11時から13時、夜17時から19時まで開いている。夕方になると研究室で、腹の虫が食いはぐれるなよと反射的に食堂に急き立てるのだ。

街中の食堂をさまよったり、コンビニ弁当を求めたり、携帯電話で外売(デリバリー)サービスという便利な手を使ったり、食事にありつけないことはないが、学食の優先順位が断然高い。メニューは豊富で、大型の食堂になると、魯(山東)・川(四川)・蘇(江蘇)・粤(広東)・閩(福建)菜(料理)などと、地方料理ごとにカウンターが分かれている。30元(500円弱)もあれば4、5品は食べられる。速くて(1品10秒で盛り付け完了)量はたっぷりある(味もなかなかのものである)。中国科学院大学の雁栖湖キャンパスの学食で食事をしたとき、なんとご飯を1両(1両=50㌘)、2両とボタン一つで盛り付ける専用機があり、タダだった。具なしスープもタダだから、調味料をご飯にふりかければ貧乏学生は飢える心配がない。

ただし、授業の前後と合間の限られた営業時間であるため混雑を極める。立ったままかき込む者、紙パックに入れて持ち帰る者も多い。特に朝は、7時前になると宿舎から多くの学生たちが飛び出して食堂に殺到し、8時からの1限目の授業に向かう。目下、北京大学にはレストラン専用の巨大な「餐飲総合楼」が建設中なので、完成が待ち遠しい。

教員向けの円卓をしつらえたレストランも3カ所ある。ゼミ会食や接待にも利用できる。日本からの来客や学外の知人には、キャンパス北部の未名湖を中心とする野趣に富みながらも手入れの行き届いた庭園を散策したあと、学内のレストランで地元北京の燕京ビールを飲みながらテーブルを料理で埋めて歓談するのが私流のおもてなしだ。

北大学食での私にとってのソウルフードが二つある。朝のジョギングを終えて飛び込む「農園餐庁」で汗をかきながら食べる鯰魚米粉(ナマズ肉の麺)と、肉や野菜など好きな具材を注文し、インスタントラーメンをトッピングにして辛味をつけてその場で炒めてもらい、洗面器のような大碗に盛った麻辣香鍋である。

すっかり中国料理によって血肉が改造された私は、和食への恋慕が失せたかというとそうではない。日本に一時帰国したらまず食べたいと思ったのは、意外にもラーメンだった。いかな世界の美味佳肴のそろった北京でも、ラーメンだけは専門店に行かなければ、中国料理店でも和食料理店でも供されることはないのである。

 

北京大学学生食堂でのある夕食 
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