味付け干し肉
私が成人するまで住んでいた家には、雨や直射日光は当たらないが風通しがとても良い一角があって、そこにはたいてい「火腿(中華ハム)」や「香腸(つなぎが入る中華ソーセージ)」「臘肉(中華風味付け薫製肉)」がつるされていた。いつでも食卓に心引かれる数々の美食を送り出してくれる、さしずめわが家の小さな宝物庫とも言えるような存在だった。
実家のお手伝いさんはとても料理上手で、そこに何がぶら下がっているかを目安に献立を決めていた。特に欠かせないのが火腿だ。彼女は浙江の金華火腿だろうが雲南の宣威火腿だろうが、つまようじで軽く刺して香りをかぐだけで熟成度合いが分かるという優れた鼻を持っていて、その夜の料理が豆腐の煮込みになるかスープになるかは、その鼻の判断にかかっていた。
結婚して自分で料理をするようになり、私は火腿がいかに万能かを痛感した。突然の来客にも、「火腿があるから大丈夫」と思える心強い存在なのだ。
雲南省とミャンマーの国境近くでは、「老窩火腿」という特別なハムが作られている。標高2500㍍の瀘水県の山岳地帯で放し飼いにされている固有種の豚肉を塩漬けしてから薫製したもので、標高が高く気温が低いという環境にあるため普通の火腿より熟成が短く、独特の香りとなる。
この火腿を都市部へ運ぶには、馬で峠を越えるしか方法がない。熟成期間が短いため、運送に時間がかかると部位によっては腐り始める。廃棄率が高い分コストが上がるので、価格は普通の火腿の8~9倍にもなる。
色合い、香り、味の三拍子がそろった火腿は、料理の味を引き立てる最高の脇役として力を発揮するが、塩気がきついので加減を誤ると主役の味を損ねてしまう。火腿を使うとき、私はいつも他の調味料は入れない。
今どきのマンションには、食材を風乾できる場所などほとんどない。保存といえばもっぱら風の通る隙間もない冷蔵庫だ。火腿も冷蔵できるが、決して冷凍しないこと。冷凍すると組織が壊れて味が変わってしまう。冷蔵庫保存もじっくりと乾燥と熟成ができる風通しの良い場所には遠くかなわない。
子どもの頃は食べ物を自然に保存するということの素晴らしさが分からなかったから、肉がずらりとつるされているその場所は、日当たりが悪くて薄暗く不気味に見えた。特につるされた火腿の表面に黒いカビが生え、時には肉虫(食物に寄生するイモムシ)がうごめいているのは気持ちが悪かった。大人たちは月に一度つるしてある肉を下ろし、肉からしみ出た脂か植物油を布に含ませて表面を拭いていた。あの気味が悪い黒カビやイモムシは、風干しで発酵をさせる過程で起こる自然現象であり、火腿に深い旨味を与えてくれるものだと知ったのは、大人になってからのことだった。スペインで生ハムの下に小さなカップをつるしてしたたる脂を集めているのを見たときは、妙に親しみを覚えた。
干し肉といえば、広東式の臘味(味付けして干した加工肉の総称)をたっぷり載せた煲仔飯(土鍋ご飯)も火腿と同じくらい中国人に好まれる手軽な一品だ。土鍋一つでご飯、肉、青菜がまとめて取れるので、他のおかずがいらないほど満足度が高い。
香港には「太子撈麺」という面白い名前の料理がある。忙しさのあまり子どもの食事まで手が回らない料理人が、間に合わせに臘味から滴り落ちた脂であえた撈麺(あえそば)を子どもに与えていた。その麺を口にした食通の常連たちはあまりのおいしさに感動し、この麺誕生のきっかけを作った料理人の子どもを「太子」と口々にたたえ、「俺にもこの『太子撈麺』を一杯くれ」と言ったことから名付けられたという。臘味の魅力は肉だけではなく脂にもあるということが分かるエピソードだ。広東名物の臘味煲仔飯などはその好例で、米の上に載せて一緒に炊いた臘腸(つなぎが入らない中華ソーセージ)の脂が米に染み込み、独特の香ばしさとコクを生み出す。固めに炊いた米は芳醇な香りをまとい、ほろほろの臘肉はほどよいかみ応えを残している。
家で臘味煲仔飯を作る際、私は臘腸を数切れ取り分けて別鍋で煮出し、薄口醤油で味付けして仕上げに載せる青菜にかける。土鍋を直火にかけて炊いた煲仔飯は、歯ごたえ良く香ばしいおこげがさらにおいしさを引き立てる。
香腸のもう一つの至宝は、広東式よりも甘い台式(台湾式)香腸だ。台湾の食卓ではおなじみの一品だが、夜市や映画館のそばに店を出す「打香腸(香腸を当てるゲーム)」は、台湾の人々にとって懐かしい思い出の味でもある。
「打香腸」は自転車に引かれた屋台で、香腸がずらりとつるされた下にはゲーム機のような箱が置いてある。香腸は普通に買うこともできるが、ゲームに勝てばタダでもらえる。
ゲームは主にルーレットとスマートボールの2種類で、いずれも店主より大きい数字を出せば香腸一本というルールになっている。客が勝つと店主は香腸を一本取り、ニンニクを挟んであぶり、軽く焦げ目がついた熱々を渡してくれる。一口、また一口とかじりつくごとに、ニンニクのピリッとした辛さと勝利の喜びが口中で踊る。
誰と映画を見たのか、何の映画だったのか――そんなことはもう覚えていない。ただ、夜市で食べたどっしりとした台式香腸の味だけは、今でもはっきりと覚えている。焦げの香りとニンニクの辛味、そして口いっぱいに広がる独特の甘み。ここに「勝ち」の高揚感が加わればその味はより甘く深く、それが喜びへと変わる。
台湾の香腸は多種多様だ。肉類をベースに中薬や香辛料、酒などで味付けをされ、地方色豊かな特産品となる。昔は年末が近づくとどの家庭でも自家製の香腸を作っていた。ケーシングも自分でするなら精肉店で豚の小腸を丸ごと予約し、内側の粘膜を削ぎ落として乾燥させる。肉は脂と赤身のバランスがよい豚の前脚を選ぶ。基本的な配合は以下の通りだ。
・ 豚肉の脂のないところ 750㌘
・ 豚脂 250㌘
・ 砂糖 100㌘
・ 塩 40㌘
・ ブドウ糖 20㌘
・ シナモン 5㌘
・ コーリャン酒 100㌘
・ 豚小腸 50㌘
・ ショウガ汁、五香粉 適量
まず、豚肉を洗って水気を拭き、できるだけ細かく刻む。調味料を加えてよく混ぜ、3時間ほど置いて味をなじませる。乾燥させた腸を水に漬けて柔らかくし、片側を糸で縛る。もう片方に漏斗を差し込んで肉を少しずつ詰めていく。空気が入らないよう肉をしっかり詰め込むが、腸が破れないよう慎重に作業する。15㌢ごとに糸で縛り、仕上げに消毒済みの針で表面に小さな穴を開けて、空気と余分な水分を逃がす。あとは日光に当てて乾燥させ、硬くなれば完成だ。天気が悪いときは鍋に入れて弱火で半日から一日ほど火を入れ乾燥させるという方法もある。肉に硝酸塩を少し入れればボツリヌス菌の繁殖を防ぎ、発色をよくすることができる。
薫製や塩漬けの加工肉は何千年にもわたって中国をはじめ世界各地で広く親しまれてきたが、現代の栄養学では、加工肉を日常的に大量摂取するのは良くないとされている。保存料や防腐剤を使わない自家製香腸は、なるべく早く食べたほうが安心だ。