手続き簡素化で訴え容易に

2020-02-27 16:39:46

鮑栄振=文

難しかった裁判の申し立て

 中国で2004年に出版された『米国憲政の歩み』(中国法制出版社、原題は『美国憲政歴程』)によれば、米国では毎年1200万件以上もの訴訟が起こされているようだ。米国法は成文法と判例法からなる非常に複雑な法体系で、訴訟手続も煩雑だ。裁判では陪審制が採用され、原告被告双方の弁護士が議論を戦わせた後、最終的に陪審員たちが決定を下す。弁護士の中には、法の下の正義を追及し、問題の解決に努める良心的な者もいれば、法の抜け穴(1)を利用して黒を白と言いくるめ、社会に害を与えるような者もいる。いずれにしろ、弁護士のサポートがないと裁判で勝つことは難しい。

 米国の人口は世界の総人口の5%にしかすぎないのに、弁護士の数は世界の総数の70%を占める。1999年に米国人が裁判のため支払った費用の総額は3000億を超える。これほどまでに米国人は裁判好きなのである。

 一方、中国は対照的だ。人々の法意識や権利意識は日増しに高まり、裁判を起こそうと考える人も増えてきている。しかし、いざ実際に裁判を起こそうとすると、簡単にはいかない。お金も時間もかかるし、負けるリスクもある。高い訴訟費用と複雑な訴訟手続きによって、泣き寝入り(2)を余儀なくされる人も少なくない。このため、「裁判を起こすこと」は、「子どもを良い学校に行かせること」や「住宅を持つこと」、「医者にかかること」と並び、中国の国民が抱える難題の一つとされてきた。

 

裁判の難しさ 九つのポイント

 中国で裁判を起こす場合、これまでは訴状や証拠といった提出書類を受け付けてもらえず、立件(受理)してもらえないということがよくあった。訴状も証拠もしっかりとそろえたのに、裁判所から不備を指摘され立件してもらえないのである。これは、中国では過去に「立件審査制」を取っていたことに原因がある。

 裁判所は、訴訟案件について、正式に受理する前に実質的な審査を行うことが多く、時には一部の事実や証拠について念入りな審査を行うこともある。裁判所には、こういった審査を通して案件の性質をしっかりと把握し、事前に裁判の見通しを立てるという狙いがあった。しかし逆に言えば、立件に値する証拠などがないと判断された場合には、門前払いとなってしまう。

 また、一部の裁判官が調査したところ、上記以外にも、一般の庶民が裁判を起こすことが難しい理由、または裁判を起こそうと思わない理由として次のような点が指摘されたという。

 ①勝訴判決を勝ち取ることが難しい。最も多く指摘されたのがこの点だという。自分の意見が正しいと思っていても、裁判でそれが認められず、勝訴判決を得られないと思っている人が多いようだ。

 ②強制執行が難しい。勝訴したのに強制執行されず、「裁判には勝ったが金銭的には大損」というケースも少なくない。この点も多く指摘があったという。

 ③裁判が公正に行われない。裁判権を乱用して私利私欲に走る裁判官も一部に存在する。新華社が公表した「汚職(3)がはびこる業界トップ5」の第2位は、司法機関(法曹界)だった。

 ④裁判の進行が遅い。一部の裁判官は審理期限を守ろうという意識が低く、審理が長引いてしまいがちだ。

 ⑤費用が高い。裁判を起こす場合、訴訟物(訴訟の対象となっているもの)の金額に応じた訴訟費用を裁判所に支払う必要があるが、金銭的余裕のない人々にとっては負担が大きい。また、弁護士を雇うための費用も高くつく。高い費用のため裁判を起こすことをあきらめる人も多い。

 ⑥判決がころころ変わる。判決が出たと思ったら、すぐに再審となることもある。裁判所ははっきりとした判決を下さず、また敗訴した側が判決を覆そうと上訴や直接裁判所を訪れて繰り返し直訴することもある。これでは裁判の社会的信用性も揺らいでしまう。

 ⑦法体系が複雑で司法の統一性に欠ける。現在、中国社会は転換期にあり、法制度の整備が行き届いていない。法律間や国家レベルの法規と地方の法規との間に食い違いがあることも多く、裁判官の認識の違いや与えられている裁量権の違いもあり、類似の事件でも地方で異なった判決が下されることも多い。

 ⑧一部の裁判官の態度が悪い。「裁判官には会うのもひと苦労、会えても態度が悪く、親切に対応してくれない」といった指摘が寄せられている。

 ⑨地元の企業や製品等を不公正な手段によっても守ろうとする「地方保護主義」的な判決が下されることがある。地方機関への監督が適切に行われるようになった現在では少なくなってきた。だが、人々の疑念は拭い去れていないようだ。

 

ハードル下がった裁判の受理

 最高人民法院は2015年5月1日から、裁判の受理について従来の「立件審査制」を「立件登記制」に改め、今後は訴状の提出があれば全て受理するよう各裁判所に通知した。これは、一部の省で前年から行われていた司法制度改革の成果を踏まえたものだ。

 「立件登記制」では、これまでと違い、提出された訴状や証拠などの形式が法律の規定に合っているかどうかを確認する形式審査だけだ。分かりやすく言うと、簡単にチェックして問題がないなら、その場で立件(受理)してもらえるようになったのだ。

 これに関しては次のようなエピソードがある。「立件登記制」実施の初日、北京市朝陽区の裁判所に、ある弁護士が訴状などの書類を満載したキャリーケースを引いてやってきた。弁護士は、その日に書類を提出する100件余りの案件のうち、2030件ほど立件(受理)してもらえれば御の字だと考えていた。ところが、実際はわずか十数分で全ての案件が受理され予想外のスピードに驚いたという。

 「立件登記制」の実施によって、案件の95%は、訴状などを提出したその場で受理してもらえるようになった。これで、「立件してもらうことが難しい」という問題は根本的に解決された。しかし、新たな問題も生じている。受理する案件数が急増して裁判所の処理能力を超え、多くの案件が手付かずのまま放置されるようになった。

 筆者は17年、日本弁護士連合会の代表団に同行して中国の最高裁判所を訪れた。その際に聞いた話では、この問題の解決のため裁判所は事務効率の向上に努めているそうだ。また、交通事故や消費者の権益保護、家庭内紛争(4)や不動産管理に関する紛争などは、それぞれ対応する調停機関に調停か仲裁を申し立てるよう立件希望者に勧めている。紛争が多元的に解決できるような制度を構築中であるとのことだ。

 調停によって当事者間で合意に至った場合、その合意は判決や仲裁判断のように強制力が伴うものではないため、「合意をほごにされるのではないか」と心配する人もいるだろう。そういう場合は、裁判所に合意の「司法確認」を申し立てると良い。その合意が違法なもの、つまり当事者の意思に反して無理やり達せられたものであったり、捏造されたものでなければ、裁判所はすぐに合意有効との判断を下してくれるだろう。

 また、万一相手が合意の履行を拒んだり、先延ばしにした場合でも、裁判所に強制執行を申し立てることができる。このように、調停によって至った合意も、判決や仲裁判断と同じように実質的な強制力を持たせることが可能である。もっとも、普通の人間ならば、ほごにしようなどとは思わないだろう。

 上述の「司法確認」について補足すると、これは12年の民事訴訟法改正に伴って新たに設けられた制度だ。調停機関での調停によって、当事者間でまとまった合意の法的効力(5)を裁判所が確認するものだ。

 では、その活用状況はどうだろうか。全国の裁判所が受理した「司法確認」の申し立て数は、17年に19万8000件、合意の有効性が確認されたものは16万3000件に上り、それぞれ前年比で135%増と66%増だった。ただし、強制執行の申し立ては3万件に満たず、同比408%減だったという。少なくとも、「司法確認」制度は広く利用されつつあり、「立件登記制」と合わせ一般庶民の紛争解決の役に立っているようだ。

 

1漏洞   抜け穴

2忍气吞声  泣き寝入り

3贪污  汚職

4家庭纠纷  家庭内紛争

5法律效力  法的効力

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