民営企業 目立つ社印争奪戦  話題呼んだセレブ夫婦の確執

2020-07-24 16:17:07

鮑栄振=文

話題呼んだセレブ夫婦の確執

日本で新型コロナウイルスの感染拡大で在宅勤務が奨励された時、「ハンコ」を押すためだけに出社することの是非が論議を呼んだ。これは、それだけ「印鑑」が社会で必要とされている証しでもある。実は中国でも印鑑、とくに「社印」は社会で大きな力を持つ。今年4月末、全国的に話題となったある事件が起きた。中国最大手のオンライン書籍販売サイト「当当網」(ダンダン・コム)の共同創業者である李国慶氏が、数人の大男を引き連れて当当網の運営会社に乗り込み、同社の社印を持ち去ったのだ。

この李国慶氏とはどういう人物か。ある検索サイト(日本語版)では次のように記されている。

――米上場企業である大手中国ECサイト当当網の創始者で最高経営責任者(CEO)。妻の兪渝氏は当当網の共同創立者で現在は総裁。(中略)妻と共に1999年11月、当当網を立ち上げ、中国で書籍のネット販売を開始。2010年12月、米ナスダックに上場。中国一の書籍を含むオンライン総合ECサイトの先駆け。李氏と兪さんは夫婦仲の良いことで知られ、中国では経済界で夫婦共に成功した実例と見なされている。

実際は、李氏と兪さんは両方とも気が強く、自分の意見を通したがる性分だという。だからか、何年も前から会社の運営を巡って意見が対立し、争いを続けている。

外部からは「夫婦で起業」の成功例ともてはやされる二人だが、当人らは繰り返し、「もしもう一度やり直せるとしたら、共同起業は絶対にしない」と語っている。また、李氏はおととし、SNSのウイーチャットのモーメンツ欄(LINEのタイムラインに相当)に、次のような意味深長な言葉を残している。「婚姻というのは、心から相手を愛する時もあれば、相手を銃で撃ち殺したくなる時もあるものだ。ほとんどの場合は、銃を買いに行く途中で相手の好物を見掛け、銃のことは忘れて好物を買って帰る。だが数日もすれば、やっぱり銃を買っておけばよかったという気持ちになる」

二人の間ではまず離婚訴訟が起こり、後に会社の経営管理権と出資持ち分の争奪戦へと発展していった。18年8月、兪氏が当当網の執行董事(会長に相当)に就任すると、昨年2月に李氏は同社の法定代表者および総経理(社長)を退任。会社は兪氏が全面的に掌握することとなった。

一方の李氏は同月、当当網を離れ、新事業「早晩読書」の立ち上げを宣言した。こうした背景の下、李氏は今回、当当網の社印を持ち去るという思い切った挙に出た。また李氏は同時に、「当当の全従業員へ」という文書を発表し、4月24日に開かれた臨時株主会で、自身が董事長および総経理に就任し、当当網の経営・管理を引き継ぐことが承認された、と発表した。

これに対し、兪氏が掌握する当当網は直ちに社印の紛失届けを出す(1)とともに、それまでの社印・財務印・財務部門印を即日廃棄する(2)旨の声明を出した。

 

社印争奪戦は日常茶飯事?

実は、中国ではこのような社印争奪事件は珍しくはない。有名なところでは、大手ファストフードチェーンの「真功夫」や、照明大手の「雷士照明」といった民営企業でも、株主間の紛争に起因する社印争奪事件が起こっている。

特に雷士照明の場合は、けが人が出るなど激しいもので、警察に通報されたほどであった。中小企業、さらにはベンチャー企業(3)の株主間紛争で、社印の奪い合いが起きるのも日常茶飯事で、いまや社印争奪戦は株主間紛争の「標準装備」となった感がある。また、ひとたび起こると問題がどんどん拡大し、時間も浪費、民事・刑事入り乱れての争いとなり、時には海外での訴訟にも至る――これが株主間紛争のたどる道だ。

ただし、このような事件は中国特有のもので、海外ではあまり見られないようだ。上海のある弁護士によると、海外の大学で「株主間紛争訴訟と交渉」という講義を行う際、社印争奪事件について語ると、現地の学生は決まって非常に驚き困惑するという。これは、中国と海外の制度の違いによるものである。海外では、承認や決裁を行う場合にサインだけで済ませ、そもそも社印が存在しないところが多い。

一方、中国では社印が重要な意味を持ち、形式審査の段階では、社印の押印があれば、その行為は会社を代表して行ったものと見なされる。これは歴史的、文化的な理由によるものであり、中国において「印章」は法律上も人々の認識上も「権力」と「支配」の象徴なのである。とはいえ、社印の会社に対する「支配」は限定的なものでしかないので、社印を奪えば会社の支配権も奪えるというわけではない。

 

社印の管理権限は誰にある

今回の社印争奪事件によって、「社印の管理、作成、廃棄の権限は誰のものか」という点を巡り、法曹関係者(4)を中心として再び議論が巻き起こった。中国の「会社法」には、社印の管理を誰が行うべきかについて明確な規定がない。このため、許認可文書の管理責任者と併せて、定款や社内規程で印章の管理責任者を定めている会社も少なくない。定款や社内規程にも規定がないようであれば、法定代表者が許認可文書および印章を管理すると見なすのが一般的だ。したがって、社印を奪えば、誰でも会社に対する支配権を得られるというわけではない。定款や社内規程で社印の作成、廃棄、管理の権限を付与されていない者が社印を奪ったとしても、それは全くの無駄骨(5)だ。

社印の役割は、意思表示を行うことにある。一般的には、社印が押印されていれば、その会社はその行為や事項について意思表示を行った、と推定することができる。ただし、社印も万能というわけではない。実務上、裁判官は「印章よりも押印者重視」のスタンスであることが一般的だからだ。例えば、代表権または代理権を有する者が押印したのであれば、契約は会社に対して拘束力を有する。しかし、代表権または代理権を有しない者が押印した場合は、たとえそれが本物の社印だとしても、契約は有効なものとはならない。契約における社印の効力は、社印の真偽ではなく、社印を押印した者の代表権または代理権の有無によるのである。なお、押印された社印が本物でも上記のとおりなのだから、代表権または代理権を有しない者が偽物の社印を押印した場合は言うまでもない。

当当網の社印争奪事件に話を戻すと、この事件では、李氏に同社の社印を持ち去られた後、兪氏に印章の廃棄と再作成を行う権限があったかが焦点となる。もし社内規程などでこの点が明確に定められていないなら、その時は、李氏が招集した株主会と、その株主会が下した董事会(取締役会)設立の決議が有効かどうかが焦点となる。

李氏が社印を持ち去ったことに対する対抗措置として、当当網の経営陣は、持ち去られた社印十数本の廃棄を宣言した。しかし、印章の廃棄は一定の手続にのっとって行わなければならない。まず、印章廃棄に関する公告を行う必要がある。続いて、一定期間の公告の終了後に、公安機関で印章作成に関する届け出手続きを行わなければならない。当当網の経営陣のように一方的に廃棄の声明を出すだけでは、社印の廃棄は法律上無効となる可能性がある。

また、同社経営陣が新たな社印を作成し届け出を行うことも、実際には困難であると思われる。届け出の際には、届け出文書に既存の社印を押印することで、届け出が会社の行為であると証明する必要があるのだが、その既存の社印は李氏によって持ち去られたからだ。

以上のように、社印争奪戦が起こると、会社は完全に行き詰まってしまい、民事訴訟を通じて解決を図るしかない。幸いなことに、人民法院はこういった争いの経験が豊富で、その判断基準も比較的明確だ。訴訟に発展すれば、今回の事件を含め、社印争奪紛争は妥当な解決を迎えられるだろう。

 

1挂失 紛失届けを出す

2)作废 廃棄する

3)风险企业 ベンチャー企業

4)法律界人士 法曹関係者

5)徒劳 無駄骨

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