仮想世界からの脱出

2020-07-24 16:26:10

邢菲=文

世界一のネット人口を持つ中国。今年3月時点で9億400万人を超え、1人当たりの使用時間は週に30・8時間に上る。インターネットの急速な発展に伴い、およそ10年前から、ネットゲームやチャットに逃げ込む未成年の増加が社会問題となっている。中国では、彼らを「網癮少年」、ネット中毒の若者たちと呼ぶ。彼らを社会復帰させるため、特別な学校が中国の各地に作られた。若者が自分と闘って復帰するまでの日々を追った。

 

大学受験会場へ向かうネット中毒を克服した若者たち(cnsphoto) 

「ゲームをするお金が欲しくて、家の家電製品を全て売った」

「勉強に達成感はない。ゲームにはあるよ」

「借金もした。不正な投機にも手を出した」

それぞれの事情を話してくれたのは、中国・山東省済南市のとある学校に在籍する学生たちだ。ネットにはまってしまった彼らを社会復帰させるこの学校は、全寮制で、生活は全て軍隊式だ。教官は、全員元軍人。寝食を共にし、24時間指導する。2007年の創設以来、4年間で2000人余りの若者を社会復帰させ、全国の注目を集めた。ひと月にかかる費用は合計8万円ほど。地元の人の平均月収1・5倍分に当たる。それでも、子どもを入学させる親が後を絶たない。撮影時、男女合わせて44人、13歳から28歳までの若者たちが在籍していた。

学校は特別な造りでできている。玄関から教室に入るためには、鍵のかけられた扉をいくつもくぐらなければならない。ここに入学した者のほとんどが脱走を考えるからだ。窓や廊下には、鉄格子が取り付けられている。一度入れば、学校と親の許可なしに、外へ出ることはできない。

朝6時15分。

「集合!」。学校の静けさが教員の叫びに破られる。

「番号!」。5分後、迷彩服で整列した学生に、教員がさらに命令を出した。

「1、2、3……」。学校の一日はこのように朝の点呼から始まる。

起きてすぐ行うのは掃除。自分のベッドはもちろんのこと、21人で暮らす50平方㍍の部屋を、ちり一つないよう徹底的に掃除する。

「着席。食べなさい」。掃除後の朝食も管理の下で行われる。しかも、食事中は一切の私語が禁止されている。

こんな世界は、学校というより、まるで軍隊のようだ。若者たちをインターネットから隔離させるのは分かるが、軍人のように訓練する目的は一体何だろうか。学生たちは一体どのような気持ちで暮らしているのか。撮影班にとっては、疑問ばかりだ。

 

軍隊式の寮生活。教官が布団の畳み方を指導する(写真提供・邢菲)

「ここには何の自由もない。入学してから2週間ほど、逃げることばかり考えていた」

「毎日早く時間が過ぎないかと、1時間ごとに数えていた」

「ここに入れられた以上、諦めるしかないよ」

入学当時の感想を意外とあっさりと語ってくれた学生たち。彼らのほとんどは、一人っ子だ。生まれた時から、両親と祖父母に溺愛され、期待を一身に背負ってきた。身の回りのこと、全てを親任せにしてきた。そんなにかわいがられてきた学生たちが、一体どうしてこの学校に送られたのか。

撮影の初日に、息子を連れて入学の手続きに来た母親がいた。「息子はどんどん自己中心的になり、人の話を聞かなくなった。今では誰も彼に注意できない。何か言うと、反抗するので」と深く嘆いた。手続きを済ませると、母親はすぐに帰っていった。残された学生は、15歳の劉浩さん(仮名)だ。高校受験のプレッシャーからネットゲームにはまり、親に暴力を振るうようになった。急に置かれた環境になかなかなじめない劉さんは、いきなりカメラに向かって、「無理やり連れてこられたんだ。お願い、家に帰してください」と叫んだ。

この学校に自ら進んで入る者はいない。親の依頼を受け、職員たちがさまざまな手を使い、強制的に連れてくる。授業中、入学したばかりの劉さんが突然保健室へと連れて行かれた。裁縫用の針を使い、手首を切ろうとしたのだ。教官は劉さんの手首にガーゼを巻きながら、「二度としないと約束してくれ」と注意した。劉さんは、ただ黙って教官をにらみつけていた。

連れてこられた当初、自殺行為に及ぶ者も多いという。学校で訓練を受けているうちに、だんだん自分と向き合い、心を開くようになる。「両親も祖父母も皆、僕に期待していた。常に一番になることを望んだ。努力して順位が上がるだけじゃダメなんだ。一番以外は認めてくれないんだ。だんだん勉強が嫌になり、ネットに夢中になった」「勉強しろと言われ続けて、できない自分が嫌になった。でもゲームはうまくできた。それで初めて自信が持てた」

入学してから最初の3カ月間は、たとえ親でも、子どもに会うことは許されない。できるのは、鉄格子越しの一方的な面会だ。息子の姿を遠くから眺めながら、涙を流した親もいた。「私は明らかに子育てを間違えた。一緒にいる時間が少なすぎた。仕事が忙しくて、面倒を見られなかった。今頃気付いても遅いよと息子にも言われた」

 

鉄格子越しに息子の姿を遠くから眺めながら涙を流す親(写真提供・邢菲)

こんな親たちに身をもって理解を示す人がいる。学校の創立者の翟振傑さんだ。社長として多忙な翟さんだが、実はネット中毒者の息子を持っていた。「親にとっては言葉にできないほどの苦しみだ。ほかの子は進学しているのに、自分の子はネットに溺れているんだ。しかし親にも責任がある。親も変わらなければならない」。子どもたちが学校に入っている間、カウンセラーによる話し合いと勉強会など親たちへの教育も行われる。

この学校で規律よく生活するうちに、若者は体が健康的になり、身の回りのことが自分でできるようになり、親との関係も改善できる。多くの学生は、4カ月ほどで卒業する。再び戻ってくることは、ほとんどない。それでも中には、2度、3度と入学する者や、親との関係が改善せず、1年以上いる者もいる。

2日後に卒業を控える19歳の王軒さん(仮名)。子どもの頃に両親が離婚し、彼は母親に引き取られた。中学校を卒業した頃から、ネットカフェに出入りするようになり、非行に走るようになった。王さんが変わったのは、李徳建教官と出会ってからだ。李教官も親に反抗し、荒れた時期があった。自由時間にはいつも自分の経験を王さんに話した。「教官はいつも厳しい人だ。でも兄貴のように接してくれた。僕たちの経験は似ている。教官は立派に立ち直った。僕にもできるはずだ」と王さんは卒業後のことを楽しそうに語ってくれた。

インターネットにはまってしまうのは、決してただの「悪い習慣」という問題ではないと思う。育てられた環境、両親の関係、周りの人との人間関係など、いろいろな問題と絡んでいる。容易に逃げ込めるネットから隔離された環境で、抱える問題を一つ一つ考えながら解決方法を見つけて初めて、若者は普通の生活に戻れるだろう。しかし、厳しい現実は、ここを出てから始まるのだ。 
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