『尺八・一声一世』

2020-12-07 14:25:36

邢菲=文

尺八は唐の時代に中国から日本に伝わった楽器で、長さが一尺八寸ということで尺八と名付けられた。尺八は日本で1000年以上受け継がれてきたが、中国ではほとんど後継者がいない。尺八は中日の1000年以上の交流史を物語るものである。

 

長さが一尺八寸ということで尺八と名付けられた(写真提供・上海天人慧致文化伝播有限公司、以下同)

昨年、中日の尺八の奏者、製管師、愛好家を描くドキュメンタリー『尺八・一声一世』が、中国映画界の最高峰とされる「金鶏百花映画祭」のオープニング作品として、上海で上映された。監督の聿馨氏は偶然、尺八の曲を聞き、すぐにそのとりことなった。尺八のことを全く知らなかった彼女だが、尺八は中国の伝統楽器なのに中国には後継者がいなく、遠く日本で受け継がれてきたことを知って衝撃を受け、尺八のドキュメンタリーを作ろうと思った。

17年春、ずっとドキュメンタリーディレクターをしてきた私は、友人から、そのドキュメンタリーの日本での撮影のコーディネーターになってほしいとの連絡を受けた。留学時代に日本の琴を少し習ったことがあり、そのとき尺八のことを初めて知った。とても人の心を打つ楽器との印象があったため、その仕事を引き受けた。

尺八の中国での認知度について、撮影班は北京の繁華街で通行人に「尺八をご存じですか?」と街頭インタビューをした。「知らない」「場所のこと?」「食べ物?」「台湾のヤクザが使う刀?」……一番近い答えは、「日本の笛のことだろ? 唐の時代に中国から伝わっていった」。それから、ディレクターが質問を変えて、「日本のアニメが好きですか?」と聞くと、『NARUTO_ナルト_』が挙がった。そして、思わずそのテーマソングを歌い始めた若者がいた。実はそのテーマソングは尺八で吹かれていると教えたら、若者はびっくりしていた。

撮影班は日本で、邦楽界の重鎮・紫綬褒章受章者である三橋貴風氏、代表的な若手奏者の小湊昭尚氏や佐藤康夫氏、そして、米国人奏者のジョン・海山・ネプチューン氏らを取材した。取材中、最も驚いたのは、尺八が1000年も受け継がれてきた日本で、継承が大きな課題になっていることだった。民謡小湊流家元の長男である小湊昭尚氏でさえ、東京芸術大学を卒業後、音楽で食べられなかったため、ストリートミュージシャンをして、食事は納豆やスパゲティばかりの貧乏生活を続けていた。「尺八は日本でも古いイメージで、格好良くなかった」という。撮影中、長男が生まれた小湊氏は、尺八の継承問題を考え始めた。

祖父は琴古流尺八の大家、父はテイチクレコードのディレクター、母は民謡歌手という音楽一家に育った佐藤康夫氏は、思春期を迎えると同時に、「邦楽器はなんだか古臭い、格好悪い」と思い始め、尺八をピタッとやめてしまった。だが、大学時代にカーラジオから流れてきた後に師匠となる三橋貴風氏の尺八の音に、雷に打たれたような衝撃を受け、再び尺八の世界に戻った。ソロとして活動する現在は、ロックやデジタルサウンドなど幅広いジャンルの音楽との融合に挑戦するだけでなく、ゲームやアニメの音楽制作などにも取り込んでいる。その中で、どんな楽器で吹かれているかは知られていなくても、中国でメロディーがよく知られているのが、『ナルト』だったのだ。

そもそも中国で作られ、今は「邦楽器」になった尺八は、一体どのような変化を遂げたのか? 再び中国で広まることはあるか? 時間や国境を越える文化の輸出や逆輸入を一体どのように見るべきか? 米国出身のジョン・海山・ネプチューン氏を取材した際、大きなヒントを得られた。

海山氏は若い頃、ハワイ大学で中国哲学を学んだ。民族音楽の授業が面白いと勧められ、そこで初めて尺八を聞いた。深く引かれた海山氏は尺八を学びに70年代に日本にやって来て、その後ずっと日本に住んでいる。世界各地での演奏活動の傍ら、尺八の製作、改良を続け、世界に尺八を紹介した。外国人が尺八を学ぶことについて、海山氏は歌舞伎の例を挙げた。男性の歌舞伎役者が女性以上に女性を表現できるのは、女性の本質をつかまえるからだ。外国人も同じように、長い時間をかけて練習すれば、日本人のように尺八の本質を見つけられるという。

海山氏の尺八に魅了された人がいる。台湾の阿里山に生まれ育った蔡鴻文氏だ。6年間飛行機の整備士として働いた後、尺八を学ぶために再び大学へ。蔡氏は中国初の尺八の修士号を取得した後、武漢音楽学院で尺八の授業を受け持つようになった。しかし、中国一流の音楽大学の授業といっても、尺八をほとんど知らない学生たちに、蔡氏はなんと音の出し方から教える。蔡氏に言わせれば、学生の心に小さな種をまければいい。いつか尺八が中国に戻るのに役立ちたいという。

 

万里の長城で演奏する小湊昭尚氏

 

尺八を演奏する佐藤康夫氏

ドキュメンタリー『尺八・一声一世』は昨年中国で上映後、大きな反響を呼んだ。特にアニメ好きの若者が、呼び掛けて大勢観に行った。監督の聿馨氏は、尺八の発展は若者に根付くことが大切で、アニメは尺八を若者に近づける一番の近道という。上映後、小湊昭尚氏が北京で尺八のマスタークラスを開講し、佐藤康夫氏が中国各地で5回のコンサートを行った。蔡氏の尺八の授業は一気に学生が集まり、他の大学からも尺八の授業をしてほしいという誘いがきた。

音楽の名家に生まれた佐藤氏や小湊氏でさえ、尺八を続ける難しさを感じているが、尺八と全くつながりがなかった海山氏は、尺八のためにはるばる日本に渡り、大いに世界に尺八を広めている。尺八の発祥地である中国では、若者が日本のアニメからの影響で、少しずつ尺八を知り、好きになっている。これらのことから、尺八が持つ不思議な力を感じられる。尺八のような奥深い、魅力的な文化が中日間にはたくさん存在する。ドキュメンタリー作品はそれを発掘し、その魅力を世間に伝えるほか、文化にまつわる人間物語を感動的に描くことを通して、文化と人間、伝統と流行、伝承と創造との関係をも見る人に深く考えさせると思う。 

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