『東京百景』の読み方

2020-05-27 15:02:05

 

『東京百景』

又吉直樹著、毛丹青訳

上海訳文出版社 2020年2月第1刷

劉檸=文

 近代以降、文人たちによって繰り返し描かれてきた東京。このような都市は他になかなかなく、こうした本は日本の出版業界で、「東京本」と呼ばれている。レトロとモダンが混在する今日の東京。又吉直樹の『東京百景』は、まさに東京を映したポートレートである。

 同書は、大阪出身のお笑い芸人で、上京してからこれまで、東京で活躍してきた著者の、東京の記憶だ。手記、エッセイ、私小説ともいえる。著者自身は、東京へ宛てた恋文と言っている。100編にも及ぶ「ラブレター」は、短いものだと7、8行、長いと10ページ近く、著者の東京での日々を記している。この「日常」は、途方もなく深く、果てしなく残酷でもある。

 2009年、又吉は築60年の木造アパートに引っ越した。建物は古く、エアコンの室外機を置ける場所がなかったため、夏の夜は暑くて寝付けなかった。ある日、彼は窓に設置するタイプの冷房器具をもらい受けたが、古いアパートの窓では木枠が脆弱なため、やはり設置できなかった。そしてある夜、暑さに耐え切れなくなった彼は、その冷房器具を畳に置いて、電源を入れた。「冷房器具は室外機がないので、そのまま本体から温風を排出する。その臭い温風が部屋に充満してしまったのだ。息ができない」。部屋の外に脱出すると、街には室外機と同じ数だけエアコンがあった。それは彼にとって、そのまま敗北の数でもあったという。

 優しい時間もあった。しかし、そうした時間は瞬く間に過ぎ去り、捕まえ、とどめておくのは難しかった。こうした話の展開は、著者の静かな叙述の中で、ひっそりと私小説に似た調子に切り替わり、見せたい気持ちはありつつも、主張は抑えられている。

 私はかつて、東京の地図を見ながら、同書に収められている各話の舞台を詳しく調べてみた。有名になる前の又吉は金はなかったが、住んだこと、遊んだこと、ぼうっとしたことのある場所はたくさんあり、かなり文学的だともいえる。上京して最初に住んだ家は、三鷹市下連雀2丁目だった。後から分かったことだが、そこは偶然にも太宰治の住居跡に建ったアパートだった。100年前、鲁迅兄弟が夏目漱石の旧居に住んだことが思い出されるだろう。同書に出てくる多くの土地は、私自身何度も訪ねたことがある。駒場の日本近代文学館や三鷹の禅林寺、武蔵野の江戸東京たてもの園、田端文士村記念館などだ。その他、神保町古書店街、恵比寿、代官山など文人たちが必ず訪れる場所は言うまでもない。だから、著者の他の小説を読まずとも、このエッセイ集だけで、彼が東京で奮闘してきた関西出身芸人の一人であると同時に、本当の文学青年であることが分かる。

 又吉直樹は18歳で上京し、30歳の頃にはすでにブレークしていた。彼がゲストとして出演したテレビ番組を見たことがあるが、司会者は彼に、精神的にも「東京人」になったかと尋ねた。すると彼は、そうですねと答え、その後、東京の魅力は何かという質問に対し、「刺激」と答えた。実は、この質問の答えは、同書の序文で、とっくに話されている。

 「東京は果てしなく残酷で時折楽しく稀に優しい。ただその気まぐれな優しさが途方もなく深いから嫌いになれない」

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