「質の高い発展」と中国の新時代

2024-03-04 11:52:00

「衣食足って礼節を知る」 

友人と別れて約束の先達の研究者とお会いして杭州からの列車の様子を話すと、「そんな列車は私も乗ったことはない。中国人の私でも経験していないことを体験されたのですね……」とおっしゃるのでした。列車に乗り込むための「戦い」、窓の外に捨てて積もった大量の発泡スチロールの弁当殻の環境への深刻さなど、さらに旅での感慨を申し述べながら、「中国はこれからどこに行くのでしょうか」と率直に問いました。 

「『衣食足って礼節を知る』という言葉があるでしょう、中国はまだ衣食足る状態ではないのです。みんな生きるために必死なのです」とおっしゃるので、「いつになったら中国の人々が衣食足るという時が来るのでしょうか」と問いを重ねました。「まだ時間がかかるかもしれないが、必ずその時が来ますよ、そうなれば中国は大きく変わります……」と静かにおっしゃったのを今も忘れることができません。ここでいう「礼節」が社会の在り方という深い意味において使われていることは言うまでもありません。改革開放を大胆にと呼び掛ける鄧小平氏の「南方談話」の5年前のことです。 

その後中国に出掛けるたびに、目まぐるしく中国は「変わって」いきました。街を歩いていると、行き交う車も人もなにもかも、まさにうなりをあげているような錯覚に陥るぐらい、時代の歯車がすさまじい勢いで回る音が聞こえるような気がしたものです。時は、鄧小平氏の改革開放の時代に入っていました。 

そして「小康社会」へ。成長、発展の中国は大きく様変わりして、当時のことを話しても若い世代の人たちにはなんのことやら想像もできないだろうと思う社会のたたずまいになっているというわけです。 

「質の高い発展」という言葉を前に、そう語ることのできる中国に至るまでにどれほどの格闘を重ねてきたのか、「衣食足って礼節を知る」とかみしめるようにおっしゃった先達の研究者の言葉が、いま深く重い響きをもってよみがえります。 

歴史の新たな段階 

時代はいま、さらに歩みを進めて新たな段階に入ったと感じます。それが習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」を目指す時代だということでしょう。つまり、歴史を大きく俯瞰して言えば、新中国を誕生させて人民民主主義から社会主義を目指そうとした毛沢東時代、その試行錯誤と曲折を経て、「貧しいことは社会主義ではない」として生産力の発展に全力を傾注する決意をして改革開放の道をまっしぐらに突き進んだ鄧小平時代。「絶対的貧困」を脱して「小康社会」へと歴史を進めた一方で、都市とりわけ沿海部と内陸、農村との地域格差や社会の階層における格差、さらには改革開放、経済成長の過程で生じた副作用と言うべき腐敗問題に直面して、社会の「ひずみ」を正していく過程を経ながら、「共同富裕」という新たな高みを目指す、そんな段階に踏み入れたと理解すると、今の中国がくっきりと見えてくるのではないかと思うのです。従って、日本のメディアによく見られる「紅い中国への回帰」といった「後戻り」という見立ての浅薄さが見えてくると言ってもいいでしょう。この連載で、中国革命における「過程」と「段階」に対する認識が大事だと述べたことがありますが、少し小難しく言えば、毛沢東時代と鄧小平時代という二つの大きな歴史時代を弁証法的に止揚する段階に中国は歩みを進めている、それが習近平時代だという認識になるわけです。「質の高い発展」とは、こうした新たな歴史段階における重要な概念だという理解なのです。   

「質」が鍵の中国の未来 

「質の高い発展」は、2017年の中国共産党第19回全国代表大会における報告で習近平総書記が「わが国の経済はすでに急速な成長の段階から質の高い発展の段階へと転換した」と指摘したことに源を見ることができます。そして20年10月、中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議(五中全会)で、「わが国はすでに質の高い発展の段階へと転換した」と指摘しました。一見ささいな表現の違いに見えますが、3年の間に、「質の高い発展」は「わが国の経済」から「わが国」へと変わりました。つまり経済にとどまらず中国の全てを包括するものとして「質の高い発展」が語られることになったというわけです。 

さらに、昨年秋、習総書記が黒龍江省を視察した折、「新たな質の生産力」という新しい言葉に言及することになりました。視察時に招集した「新時代の東北全面振興推進座談会」において習氏は、新エネルギー、新素材、先進製造、電子情報などの戦略的新興産業を積極的に育成し、未来産業を積極的に育成して、新たな質の生産力の形成を加速し、発展の新たな原動力を強化する必要性を強調したと新華社が伝えました。 

ここにも生産力を高めるためにひたすら注力してきた従来の「生産力」からさらに一段段階を登り、生産力の新たな高みを目指す時代に中国が立ち至ったことが見て取れます。つまり、「質の高い発展」を支えていく「新たな質の生産力」を開き、構築していくことで、新時代における中国の特色ある社会主義を力強くけん引する動力としていくことを提示したということです。これは同時に、「高い段階の社会主義」に進む上で重要になる「新たな生産関係」、すなわち、中国社会の新しい姿を創り出すことにつながるものでしょう。 

昨年末開催された中央経済活動会議において、「来年(24年)は質の高い発展の推進を巡り、重点を際立たせ、鍵を握り、経済運営に着実に取り組まなければならない」として、科学技術イノベーションで近代産業システム構築をリードすることや国内需要の拡大に力を入れることなど9項目にわたって政策課題について微に入り細をうがつ提起をしています。まさに中国の新たな未来を予感させるものと言えます。 

このように考察を深めていくと、「質の高い発展」とは、これから中国が歩む道の全てを大きく包み込む、あるいは隅々まで網羅する重要な概念だということが分かってきました。そして、中国の現在と未来について大きく視界が開けていくことを実感します。今回は、筆者の認識の一端を申し述べたにすぎず、「質の高い発展」についてのほんの端緒というべき考察にとどまりますが、今後読者の皆さんと共に、「質の高い発展」についてさらに考察を深め、中国についての理解、認識を一層実りあるものにしていきたいと考えます。 

 

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