現代史と歩んできた英徳紅茶

2017-11-23 15:58:24

須賀 努=文写真

                                                                                                    

 

民国時代より生産を開始

 広東省広州と言えば、清朝の時代、一時対外貿易を独占するなど、貿易の一大拠点というイメージが強く、多くの茶葉がここから海外へ輸出され、中国茶の名声を高めた場所。だが広東省は茶葉貿易だけでなく、実は茶産地としても知られている。広州から150ほど離れた英徳の紅茶は、欧州にもその名を知られた銘茶であり、しかもその発展は現代中国史とつながっており、実に興味深い。

 英徳紅茶の歴史を見ると、民国時代に既に小葉種を使い、紅茶が作られていたが、本格的には1950年代に英徳農場が作られ、雲南から大葉種が、そして福建から水仙という品種が導入され、茶園が作られていく。59年の茶葉試験場(現茶葉研究所)設立、そして60年には紅茶輸出が始められ、外貨獲得の重要物資となっていく。広東省がここに茶葉研究所を設け、そして現在もそのまま置かれていることからもこの地の重要性は十分に伝わってくる。

 その後、英国皇室で称賛され、70年代には世界60カ国にまで輸出された英徳紅茶。早くもこの時代にCTC用の機械が導入された。茶葉研究所のすぐ横にある旧国営工場、紅旗茶廠は今も、文化大革命時代のスローガンが壁に残るなど、当時の姿をそのまま残しており、生産が盛んに行われたであろう様子がうかがわれる高い天井が印象的だ。

 ただ90年代には輸出競争力が無くなり、一時は市場でも英徳の名を見掛けることは無くなっていた。そのころ、香港で英国人が「英徳の紅茶は最高だったな」などと昔話のように話していたのをよく覚えている。もう英徳紅茶は飲めないのだな、と諦めていたが、2010年以降、広州で早茶に行くと「英紅9号」という名が見られるようになった。省を挙げての宣伝もあり、現在は国内でも知られるブランドになりつつある。ちなみに英紅9号とは、1961年に研究所で雲南大葉種を使って開発された品種(当初の名称は英茶17号)であり、それが時を経て、中国国内向けに見事に復活している。

新中国の歴史と深い関係

 実は英徳の話はこればかりではない。もう一つの興味深い歴史があることを今回知った。もともとこの地には客家が多く居住している。台湾においても、客家が移住して茶作りに従事しているケースが歴史的に多数見られることから、客家の役割も注目される。客家と茶の歴史、ぜひ別の機会に調査してみたいテーマである。

 そして新中国成立後、英徳農場には57年の反右派闘争で右派と目された幹部が下放され、農業に従事したとの話があった。ちょうど紅茶作りが盛んになりかけた時期であり、貴重な労働力になったのだろうか。現在は広州市内から高速道路が通っており、わずか2時間程度で行ける場所ながら、山に囲まれた谷間の土地は、相当辺ぴな場所だったに違いない。往時は茶葉をトラクターに載せて広州まで1日かけて運んだとの話も聞いた。       

  また69年ころには文化大革命で下放された知識青年たちがここで茶作りをしていた、いわゆる知青茶廠だったという。前述の紅旗茶廠の名称が紅旗に改名されたのもこのころであり、何となくこの工場には文革のにおいが残っていると、古びた製茶機械を眺めながら、天井に響くような声で当時働いていた古老は語る。

紅旗茶廠の高い天井

  さらには英徳紅茶の香りを楽しんでいると、目の前に「英徳華僑茶場」という文字のフラッグが見えた。これは79年の中越戦争でベトナム在住華僑が大量に帰国を余儀なくされたが、その一部はこの茶廠にやって来て、受け入れられた歴史があることを示していた。時期はちょうど改革開放初期、ベトナム帰りの労働者が茶作りで活躍したであろう情景が目に浮かぶ。そういえば、この付近の建物、あのハノイなどでよく見られる独特のクリーム色がよく使われており、あれと思ったが、そのような理由だったのだろう。英徳の紅茶には新中国のさまざまな歴史が詰まっていた。

宇宙帰りの種子が成長中

 一方で新しい英徳を見ることもできた。神舟11号が英紅9号の種子も載せて宇宙に旅立ったのは今年のこと。持ち帰られた種子のうち、四つが発芽し、育っているという。普通の葉と比べて、丸い形になっていたのはやはり宇宙の影響だろうか。この茶葉で作られた新英紅9号の紅茶をぜひ飲んでみたいと思ったが、その日は来るだろうか。

 積慶里紅茶谷で英紅を味わう

  また積慶里紅茶谷という、郊外の風光明媚な茶園にも案内された。大自然の中にきれいに茶樹が植えられている。小雨が降っていたが、その光景の中で極上の紅茶を入れてみると、かえって優美に見える。近くに温泉などリゾート施設もあるようで、広東省という立地を考えれば、これから人気の観光地になっていく可能性もある

 

 

 

 

 

 

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