怒りを爆発させるのは

2018-11-30 11:00:19

文・写真=須賀 努

高知 中国人観光客に埋め尽くされた市場の食堂

  日本に来る中国人団体客の声が大きくてうるさい、という話はこれまでも何度も出ていた。確かに外国に来た開放感か、これまでの生活習慣なのか、かなりの大声で知人を探したり、楽しそうに冗談を言ったりしているのをよく見かけた。ただ旅に出て声が大きくなる傾向は中国人だけではないと思う。それが集団になった時、どの程度の音量になるのかは問題かもしれない。

  中国人と言っても、若者旅行者は大声を出す人の割合が少ないと感じている。彼らが大声を出すのは、一緒に来ている老人(おじいちゃんやおばあちゃん)に話しかける時ぐらいかもしれない。先日も東京で、若者が自分の親の声の大きさなどマナーについて、身内をたしなめている場面を見た。「恥ずかしいからそんなことは止めて」、その声を聞く限り、これからどんどん静かになっていくだろう、と思う。まあ昔の日本人も団体旅行者は大体煩かったし、今でも年配旅行者、特に特急列車などでビールを飲んでいる人々の中には煩い人もいる。

  インドの静かな庭で、2人の中国人が議論している場面に出会ったことがある。話は相当に白熱して、声はどんどん大きくなる。隣にいたインド人が「あの二人は喧嘩しているのか?止めた方がいいのではないのか?」と心配そうに言うので、「いや、あれはディスカッションしているだけだ」と答えると、かなり怪訝そうな顔をしながらも、「中国人のディスカッション」を興味深く、眺めていた。外国人から見ると、中国人の議論は怒りの爆発に見えるのではないだろうか。

インド 中国人が議論していた庭

  そういえば中国に住んで身に付いたものの一つに、交渉する時は「自分が如何に怒っているかを表現する」というものがあったように思う。これは中国国内ではとても有効だと思われるが、日本や他の国で同じようにやると、すぐにクレーマーの扱いを受けてしまうので気を付けなければならない。すぐに怒りだす人は、どこに国でもいるが、これはその場所の習慣に従わないと危険だ。

  タイでは「怒った方が負け」とよく言われる。長時間待たされたりしても、文句も言わずただじっと待っている姿を見ると、本当に我慢強いな、と思うことが多々ある。確かに我慢強いのだが、そういう人が一旦怒りだすと手が付けられないことになるようで、時々街頭で大声を出して喚き散らし、大暴れしている人を見ると、そのころ合い、間合いを身に付ける必要もあるようだ。

  日本人も海外に出ると急に我慢強くなっていることがある。大抵の場合は、言葉が出来ない、通じない場合ではなかろうか。先日も上海でフライトがディレーして、1泊する羽目になった時、最初はどうなるのかとじっと不安そうに事の成り行きを見ていた日本人乗客たちがいた。中国系航空会社の社員は中国語と英語で「あなたたちの食事は確保していますから安心してください」と言ったが、その意味が分からない人もいた。  

  その時一人の日本人が中国語で抗議を始めた。「我々はそんなことを聞いているのではない、いつになったら次にフライトに乗れるのかが問題なんだ」といい、それを日本語に訳すと、周囲の乗客が突然彼に群がり、「私のフライトはどうなるの? 行先の予約したホテルはどうしてくれるの?」と騒ぎ始めたのだ。今まで黙っていたのが、言葉が通じると分かると爆発する。

 湖北省 どこまでも続くチケットを買う行列

  この辺、中国も近年はその猛烈な抗議と要求で、我々を驚かせることが多々ある。実は30年前、上海に留学している時、上海から大連まで飛行機に乗ろうとしたが、何と3日間、そのフライトが飛ばなかったことがある。その時の中国人乗客の光景は今でも忘れられない。いつ飛ぶのか、今どうなっているのか、など、全く情報が与えられない中、誰一人職員に聞く人もなく、ただひたすら搭乗のアナウンスを待ち続けていたのだ。今ではとても考えられない。

  その理由は「聞いても何も解決できない、怒っても何も事態は好転しない」ことをよく知っていたからだ。因みに当時の中国に慣れていた日本人でも、2日目の午後には堪忍袋の緒が切れてしまい、空港職員に怒鳴りまくっていたが、その時も特別に食堂を開けてくれ、食事を与えられた記憶がある。怒っている人に食事を与えるのは伝統的な手法なのだと思う。怒りを鎮め方法は食事しかないのだろうか。

 

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