「共創」で辰年を繁栄元年に 優位性の相互補完が重要

2024-03-13 17:12:00

国の正月(春節)は日本と違って農暦を使い、今年は2月10日(元日)から辰年に入った。 

その農暦を見ると、2024年は甲辰(きのえたつ)の辰(龍)年に当たり、この1年は多くの人にとって特別な意味を持つ。中国の伝統文化において、竜は吉兆繁栄好運の象徴とされていることから、甲辰の辰年の到来はめでたいことの予兆の年とされている。 

今年の春節前、日本の日中経済協会が率いる経済団体の合同訪問団が約4年ぶりに中国を訪問し、新たな中日経済関係の構築に向けて地ならしをした。 

経済変化の大きかった4年 

この4年間に中国はどのように変化したか。ここ2年間、車を駆って国内各地を回り、個人的な記録用として写真を撮っていると、想像を上回る変化の大きさを常に感じた。筆者のようによく国内を回っている者でさえそう感じるのだから、中国に4年間来なかった人なら、その感慨はなおさら強いことだろう。 

経済規模の拡大は、その最も顕著な特徴である。マクロ的に、中国の経済規模(GDP、国内総生産)は、19年から昨年までにおおよそ4兆増加した。これは日本の1年間のGDPにほぼ匹敵する。簡単に言えば、4年の間に中国経済はもう一つの日本を生み出したということだ。日本が世界で3番目の経済大国であることを考えれば、4年で日本を作り出すというのは、その規模の大きさ、スピードの速さ共に想像以上だ。 

具体的なミクロ面では、4年前は太陽光パネルやスマートフォン、高速鉄道、ドローンなどが中国の製造業の強みであると想像するだけだった。しかし現在、特に昨年以降、中国の電気自動車やリチウムイオンバッテリーなどが世界的にランクインを果たしている。ニューテクノロジーや国民経済を変えることができる重要な経済分野において、中国製品の旺盛な活力と技術競争で常に主導権を争う姿勢は、経済3団体が訪中時にもっと目にし、触れることができるものであったはずだ。 

筆者が大学を出たばかりの1982年、日本企業や日本の商品に触れると、目に入る全てが中国の市民生活を変えることができ、中国の国民経済にかなり影響を与えることができる技術で、数百万円の投資なら地方では大プロジェクトだった。日本の鉄鋼や家電製品、自動車、デジタル技術はかなり中国に進出し、中国の豊かさと経済成長の重要な促進要素となった。 

反対に90年代以降、とりわけ日本経済が失速状態に入った後は、中国の市場と日本企業の中国での利益が日本経済を支え、たとえ日本が低迷しても、世界第2位の経済規模を長く維持することができた。2010年前後に中国がGDPで日本を抜いて世界第2の経済大国になった後も、日本国民の生活水準に目立った低下は見られなかった。 

バッテリーであれ電気自動車であれ、技術面で日本企業に不足があるわけではなく、投資の余力も十分にある。ただ日本は、まだこれらの分野の製品への投資を選択していない。日本のドローンや情報通信技術、半導体の製造能力は決して遅れてはいないが、これでは、この分野で大量生産をせず、関連産業での主導権争いをせず、世界での主導的地位を自ら放棄したのと同じことだ。今日の電気自動車やバッテリーは、相変わらず「守りながら攻める」という戦略的退却ルートを歩む可能性が高いだろう。 

過去の数年、十数年、二十数年に中国は経済規模の拡大に努め、一般市民の生活水準を絶えず引き上げた。一方、日本は資本の蓄積に励み、30年の時間を費やしたバブル経済の後遺症の後処理を行った。中日の経済発展の道と目標の違いは、両国それぞれの社会を変えた。4年ぶりに再び中国を訪れた日本の企業家は、筆者が中国の地方都市に行って感じた以上に強いショックを受けたに違いない。 

未来へ新たな概念目標を 

筆者は昨年、日本が中国を「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と位置付けたのを見て、自分は日本が決めた国家戦略を見誤ったのではないか、これは本当の国家政策の文書なのかと疑った。しかし、岸田内閣が発表した一連の経済安保分野の法案を見て、これは日本の国家意思であり、日本が中日関係に対して大きな変更を行ったのだと次第に信じるようになった。 

中国メディアでは、「最大の戦略的な挑戦」という政策に対する論評は多くなく、筆者も中国の学者によるこの分野の関連研究を見つけられなかった。もしかしたら、中国が自国の経済発展に全身全霊をかけているときに、岸田内閣の新戦略に力を入れて論評する必要性を感じなかったのかもしれない。 

一つ見るべきことがある。それは、中日が国交正常化を実現して50年余り、国交正常化時に両国は1894年から1945年までの戦争で残された問題を整理したが、現在、中日の「不戦」を重視する社会環境には、すでに大きな変化が生じているということだ。 

このような歴史的な背景の下、日本は防衛費を倍増させ、国の政策を「戦える」社会環境へと転換させており、中国を「これまでにない最大の戦略的挑戦」と位置付けている。日本経済も、経済安全保障のために中国との距離が開くかもしれない。しかし、中国との経済的つながりから完全に離脱することは、決して日本の国家政策の選択ではない。 

未来に向けた中日の経済関係中日関係をどのように構築すべきか。辰年に中日共に新たな概念新たな目標を描くべきで、それは中日が共同で描く新たな内容であるべきだ。 

バイオ医薬の協力モデル 

本欄では、これまでたびたび中日共創の理念について述べて来た。 

筆者は今年1月、重慶のプレシジョンバイオテック社を取材した。同社は世界のバイオ医薬品業界でトップクラスの企業で、白血病などのがんを治療するバイオ医薬品を開発製造している。医薬品は、その研究開発から生産、物流、使用の全過程において厳格な管理が要求される。日立ソリューションズ(中国)社の細胞治療トレーサビリティーシステムがプレシジョンバイオテック社で採用され、両社は協力協定を結んだ。 

日本が現有する生産品質管理システムは、中国企業の研究開発と生産をサポートし、中日経済協力(共創)の新たなモデルといえる。将来を展望すると、中日企業間の優位性の相互補完は、両国の協力の重要な内容である。相互理解と、共に中日経済に貢献する上で、共創は今後さらに大きな役割を果たすことができるはずだ。 

共創の他に中日は、新たな共同努力の目標を持ち、その目標の表す新たな概念を持つことがいっそう必要とされる。辰年は吉祥と繁栄の始まりの年であり、中日の新たな経済関係を築く新しい年となるに違いない。 

 

陳言Chen Yan) 

日本企業(中国)研究院執行院長。1960年生まれ、1982年南京大学卒。中日経済関係についての記事、著書多数。現在は中国外文局アジア太平洋広報センター副総編集長。 

 

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