新しい命の橋渡し役 武漢を疾駆の「救助隊」

2020-07-14 14:58:41

222日午前2時、王震さんは車のハザードランプを点灯し武漢の南第三環状線を疾駆していた。数分前、妊婦から助けを求める電話を受けた王さんは、すぐに自宅を飛び出し、33先の佳源花都小区(居住区)に向かった。そこから妊婦を分娩予定の湖北省母子保健センターまで送るのだ。

新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大のため、123日に全市内が封鎖された武漢では、公共バスや地下鉄が運行を停止し、救急搬送の車両は著しく不足していた。この時、王さんと他のボランティア3人――王紫懿さん、李文建さん、朱偉さんは「W大武漢緊急救助隊」(Wは武漢の中国語読み「Wuhan」から)を結成した。こうして4人は、自分では病院に行けない産気づいた妊婦を病院に送り、新しく生まれてくる命の「橋渡し役」となった。

 

妊婦の魏利静さんと夫の楊天志さんを湖北省母子健康センターに送り届けた後、車をアルコール消毒する王震さん 

深夜に妊婦を病院へ搬送

未明3時、王震さんが運転する車は、妊婦の魏利静さんが住む居住区北門近くまでやって来た。すぐ魏さんの夫楊天志さんに電話し、急いで階下に降りてくるよう伝えた。その時、王さんはハッと気付いた。北門にフェンスが立てられ閉鎖されていたのだ。感染拡大の予防抑制が厳しさを増し、門は全て閉じられていた。魏さんと楊さんの夫婦はスーツケースを引いて北門まで来たが、出られなかった。フェンス越しに王さんは呼び掛けた。「慌てないで。何とかするから」

王さんはフェンス沿いに出口を探し始めた。1ブロックほど先でフェンスの隙間を見つけた時、居住区内の明かりがついた警備室に警備員がいるのに気付いた。すかさず大声で叫んだ。「警備員さん。居住区の妊婦が産気づいて動けないんだ。何とか出してくれ。僕が病院に運ぶんだ」

王さんの叫び声に気付いた警備員は、駆け付けて来て王さんと一緒にフェンス用に張られた針金を切り裂き始めた。フェンスを破ったところから夫婦を外に出すと、警備員は「病院に急げ。赤ちゃんが大事だ」と皆に早く行くよう促した。

車は安全運転で走り、22分後には目的地の湖北省母子健康センターに到着した。

 この時、魏さんはすでに激しい陣痛に襲われていた。王さんはスーツケースを下ろすのを手伝い、楊さんは魏さんの手を取り、3人は同センターの急患受け付けフロアに入った。隔離服を着た看護師が来て応対に当たるのを見届けた後、王さんは夫婦にあいさつし、その場から立ち去った。

突如発生した新型肺炎

妊婦の魏さんは河南省、夫楊さんは安徽省の出身。2人は武漢の大学を卒業後に恋愛結婚し、この都市で暮らすことを決めた。もともと魏さんの出産予定日は2月21日だった。2人は早くから、武漢で新年と出産を迎える準備を進めていた。楊さんは両親のため、旧暦の大みそかに武漢に着く鉄道切符を買ってあった。もし今回の感染拡大がなければ、一家は武漢で団らんを楽しみ、赤ちゃんの誕生を迎えたであろう。しかし突然の感染拡大で、2人は家の中に閉じ込められることになった。

移動手段がないため、魏さんは妊婦健診さえ受けられなかった。救急用電話の120番も全て新型肺炎の患者用に使われており、たとえ救急車が来ても夫婦は乗ろうとはしなかっただろう。1月末、魏さんの腹部の具合が悪くなった時、楊さんは八方助けを求めた。住んでいる社区(地域コミュニティー)の書記は、自ら車を運転して病院に送ってくれた。楊さんは、地域コミュニティーのスタッフが感染予防抑制に奮闘しているのを考えると、これ以上迷惑を掛けるのは申し訳ないと思った。もともとは昨年暮れに自家用車を買うつもりだったが、悩んだ。「新車特有の臭いは、妊婦に悪いと思って購入を見合わせていたけど、まさかこんなことになるとは」

その後、魏さんは、武漢にいる妊婦の微信(ウイーチャット、中国版LINE)のグループで、「W大武漢緊急救助隊」が妊婦を救急搬送していることを知った。すぐに連絡を取り、夫婦はこれで少し安心できた。

2月22日午後6時10分、湖北省母子健康センター7号棟6号産室で、魏さんは無事に元気な女の子を出産した。赤ん坊の泣き声を聞いて魏さんは涙があふれ出た。その夜、楊さんは王震さんにウイーチャットでこの朗報を伝え、王さんら「W大武漢緊急救助隊」の尽力に感謝した。「一番苦しい時期に私たち家族を窮地から救ってくれたのは、あなたたちだ。この御恩は永遠に忘れません」

 

妊婦を乗せ、携帯電話のナビアプリで運転ルートを確認する王震さん 

ボランティアグループ発足

「W大武漢緊急救助隊」の発起人王紫懿さんは1988年生まれの女性だ。生粋の武漢人で職業は栄養士。感染の拡大が始まると、王さんと友人たちは医療物資や食品を何とか手に入れ、第一線の医療従事者に届けた。病院に物資を寄付した1月24日、たまたま病院のボランティアと医療従事者から、交通手段がないため多くの出産間近の妊婦が病院に来られずに困っているという話を聞いた。王さんは女性として、この時期の妊婦たちの苦しみを知り尽くしていた。早速インターネット上で、妊婦の送り迎えをする車付きドライバーを募集した。

すぐに李文建さんと王震さん、朱偉さんという3人の武漢市民が加わってきた。李さんは兄と一緒に武漢で自動車サービス会社を経営していた。王さんはプログラマー。朱さんは大学を出た後、妻と一緒に武漢で起業。夫婦は慈善事業にとても熱心だった。

4人のボランティアのうち王紫懿さんは一番若く、何をするのも非常にまじめで冷静で、隊員を募集する際の基準も決めた――運転経験が豊かなベテランドライバーであること。また、いつでも妊婦の求めに応えるために、隊員は勝手に他のボランティアの仕事を兼ねるのは許されないこと。このほか、隊員一人一人に赤外線を照射して測る体温計を配り、毎日自分で体温を測って報告するよう求めた。また妊婦を送り終えた後は、毎回車を全面消毒するようにした。

王紫懿さんは発起人として、皆に配る防護用具を手を尽くして集めた。最初に用意したのは使い捨てレインコートだった。その後、友人を通してアイソレーションガウンやゴーグルを手に入れた。「これは妊婦と接する時だけ使い、普段の無駄遣いは禁止しています」と王さんは説明した。

王紫懿さんは、いくつかの妊婦グループチャットから何人が助けを求めているのか、毎日統計を取っている。そうした妊婦の出産予定日に合わせて隊員を割り当て、スケジュールを組んでいる。いざという時に隊員と連絡が取れないような状況を避けるため、王さんは助けを求める妊婦全ての緊急連絡役を進んで引き受けた。このため、睡眠時間はいつも途切れ途切れで3、4時間程度だ。

2月26日の夜、王紫懿さんは妊婦を病院に送った後、隊員とミーティングを開き、今後のボランティアの行動計画について話し合った。その頃、救急車と政府が提供する車両サービスは十分に足りていたが、それにもかかわらず、「W大武漢緊急救助隊」の救援計画はびっしり埋まっていた。3月22日までに、「W大武漢緊急救助隊」の助けを得た35人の武漢の妊婦が病院で無事に出産し、新型肺炎に感染した人は一人もいなかった。(陳卓 温紅蕾=文写真)

 

人民中国インターネット版

 

関連文章