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「双減」で変わる中国の教育

2023-01-16 16:25:00 【关闭】 【打印】

植野友和=文


昼休みに椅子の背もたれを倒して昼寝をする浙江省湖州市徳清県雷甸鎮中心小学校通航キャンパスの生徒たち(新華社)

 

教育熱心な中国の親御さんたち 

中国教育部のデータによると、昨年の中国における大学進学率は約57・8%で、全ての高等教育機関の在学生数は4430万人を突破した。2012年の数字では進学率が約30%であったことから、ここ10年間にほぼ倍増したことが分かる。その背景にはさまざまな要因があるが、中でも重要なのは経済発展により人々の暮らしが豊かになり、教育を受けられる層が増えたこと、そして中国の人々の教育熱が挙げられるだろう。 

その熱の入り方は、日本人である自分からすると驚くべきものだ。まず、教育熱心な親御さんにとっては、自分の子どもの受験戦争は3歳から始まる。中国では就学前教育が盛んであり、子どもの可能性を伸ばすためにさまざまな習い事をさせたり、お父さんお母さんが漢字やアルファベットを教えたりする。そのような習慣があるためか、中国には幼い頃に楽器を習っていた、バレエをしていたという若者が普通におり、大人になって以降もそれらを趣味としている人が結構いる。 

例えば以前、中国人の同僚から突然メッセージが送られてきて、「社内で音楽会をやるのだけど、バイオリンを弾けますか?」と聞かれて驚いたことがある。自分で言うのも何だが、筆者は音楽を聞くだけならともかく、自分で弾いたりするような文化的素養のある人間ではない。それでも聞いてきた人からすれば、子どもの時に就学前教育で触ったことくらいあるのでは、という読みがあったのだと思う。 

むろん、就学前教育だけでなく、学校に上ってからも中国の親御さんはわが子の教育のためにお金と時間、労力を全力でつぎ込む。進学校に入れるためにその学区内にある「学区房」と呼ばれる家を購入したり、毎日の送り迎えを家族全員で支えたりといった話は日本でもしばしば報じられるところだ。 

昨年7月、中国は「双減」政策を打ち出した。その狙いは、義務教育段階の子どもの過度な宿題の負担と学校以外での学習の負荷を減らし、地域ごとの教育格差をなくすことにある。私の周囲の子どもを持つ同僚たちの話によれば、政策が実施されて1年以上になり、子どもたちの宿題が確実に減っただけでなく、週末には趣味や興味のあることに打ち込んだり、遊んだりスポーツをしたりして過ごす時間が増え、それに伴って学区の問題もかなりの程度の解決が見込まれるのだという。 

日本との違いでは、学習内容の難しさも挙げられる。かつて上海に留学していた頃、自分が今学んでいる中国語はどのくらいのレベルなのか、書店の教科書コーナーに行き、確かめたことがある。そこで分かったのは、大人である自分が学んでいる中国語は、こちらの小学校3年生の国語の教科書と同等であるという事実だった。 

自分が所属していたクラスのカリキュラムは、外国人留学生向けとしては相当高度なもの。それでもお子様レベルなのかとショックを受けたわけだが、クラス担任の先生に聞くと中国の小学校3年生にとっても、その内容は決して易しくないのだという。授業についていくためには、小学生の頃から真面目に授業を受け、宿題をしっかりとやらないと落ちこぼれてしまう。つまり、お父さんお母さんにとって、子どもの勉強のサポートは重要な親の務めなのである。 

そうして中国の子どもたちはたゆまず勉学に励み、やがて日本の大学入試センター試験に当たる「高考」を迎える。泣いても笑っても一発勝負、ここで何点取れるかで行ける大学が決まり、その後の人生を大きく左右する。当然のことながら、親御さんは試験に向かうわが子を祈るようにして送り出す。 

  

中国で進むさまざまな教育改革 

さて、日本の場合、受験戦争とは一般的に大学入学までの話。大学生になったとたん、勉強から解放されてバイトやサークル活動にいそしんだり、はたまた学校をサボったりする学生が少なくなく、筆者もまさにそういうタイプだった。ところが、中国の大学生にとって入学は競争の終わりを意味しない。自分が中国の大学に留学した際、中国人の学生がほとんどバイトをしていないのに驚いたことがある。こちらでは学生は勉強に専念するのが当然という考えがあり、バイトをしない分ちゃんと勉強をしているのである。 

そもそも中国で高学歴の人というと、大学院卒もしくは海外留学経験者というイメージが強く、実際に筆者が今勤めている会社の若者は修士以上が非常に多い。また、いい就職先に入ろうと思えば成績や能力、ボランティアやインターン経験なども重視される。いかなる進路を目指すにしても努力の積み重ねが必要であり、中国のキャンパスライフとは決して遊んで過ごす気楽な時間ではない。 

自分が現役の頃、学内には真面目に勉強している学生よりも、出席日数ギリギリまでサボったり、バイトを掛け持ちして荒稼ぎしたりする人が多かった。日本で大学教員をしている知人に聞いた話だと最近の学生はちゃんとしているとのことだが、それでも中国の学生にはかなわないだろう。彼らは、親の期待を一身に背負っている自覚があると筆者には見えるのだ。 

学費というのは基本、親が出してくれるものだが、それを「自分のお金ではないから大して惜しくない」と考えるか、「親が出してくれたものだから無駄にしてはいけない」と考えるか。中国の学生を見ていると、圧倒的に後者の思いを感じる。中国は豊かになったとはいえ、各家庭にとって教育費の負担は決して小さなものではない。もちろん子どもの留学費用をポンと出せる裕福な家もあるけれど、普通は両親共働きで生活を切り詰め、わが子に希望を託すようにして教育費を捻出するのである。特に40代である筆者より上の世代は、さまざまな理由で高等教育を受けられなかった人も多い。せめてわが子は大学に行かせてやりたいというのが親心で、中国の子どもはそのことを理解している。少なくとも日本に比べると、その傾向が強いように思われる。 

むろん、厳しい受験戦争には子どもが受けるプレッシャーや重い学費負担など、さまざまな問題もある。それらを解決するために、中国政府はさまざまな措置を行っており、学習塾の非営利化やカリキュラムの改革などを大いに実行に移し、教育の機会均等化を着実に推進している。その効果がどう現れるかは今後に注目といったところだが、いずれにせよ中国の教育熱が冷めることはないだろう。 

中国の古典『管子』に「一年之計莫如樹穀、十年之計莫如樹木、終身之計莫如樹人」(一年の計は穀を樹うるに如くはなく、十年の計は木を樹うるに如くはなく、終身の計は人を樹うるに如くはなし)という言葉がある。人を植える、つまり教育こそ国家百年の計であると説いているわけで、まさにこの格言通り教育への投資を惜しまない中国の人々の姿勢は、非常に尊い。このような教育にかける情熱がある限り、中国における発展の基礎が損なわれることはないだろう。 

もっとも自分が中国で生まれていて、この厳しい競争についていけるかというと、全く自信はないのだが……。 

 

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